アーユルヴェーダ塾ジュニャーナ塾長日記

アーユルヴェーダについて学ぶアーユルヴェーダ塾ジュニャーナを主催している「塾長」が古典書にもとづいたアーユルヴェーダのお話を日々綴っています。

備える ②体の備え

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。
今回は「体の備え」について。

このブログを読んでいただいている方は、

意識が高いので新型コロナウィルスの感染は大丈夫だと思うが、
万が一、新型コロナウィルスに感染したとしても「発症しない・重症化しない」ように「体の備え」をして欲しい。


まずは「体の備え」について。
アーユルヴェーダと言えばドーシャ(ヴァータ・ピッタ・カパ)の話になることが多い。
しかし、ドーシャは目に見えない。

日本人に馴染みがないので理解することも難しい。
ドーシャばかりに意識が行きがちだが、

本来アーユルヴェーダの目的はドーシャうんぬんではなく「オージャス」を「増やし、減らさない」ことである。

「オージャス」は免疫力や活力素と訳されることが多い。
「オージャス」は日本人が理解している免疫力=病気を治す力・ウィルスなどに対抗する力、という理解でもまちがえではないが、

オージャスはもっとたくさんの力をもっている。
その人の「生きるため力の全て」である。
病気を治す力、病気にかからない力も以外にも、排泄力、精力、行動力、精神力、集中力、言葉の力、判断する力、考える力、満足感・・・
生きるためのあらゆる力のかたまりがオージャスである。
オージャスが満たされ「体力、精神力、知力、あらゆる力」がそろった人がアーユルヴェーダの理想的な人である。

 

「オージャスを増やし、減らさず」に生活することがアーユルヴェーダの実践であり、
「オージャス」が新型ウィルスに対する「体を備え」として重要なのである。

 

ついでに言うと「オージャス」を増やす行動、減らさない行動をすることでドーシャは勝手にバランスする。

自分はヴァータ体質だから何を食べてはいけない、何をしたらいけない、なんてチマチマ考える必要はない。
ドーシャを理解しバランスさせることを理解することは大変複雑で難しいが、
「オージャス」を増やし、減少させないことの方が理解しやすく実践しやすい。

ぜひ今からでも遅くないので「オージャス」に注目して「体の備え」をして欲しい。

 

ちなみに、チャラカ・サンヒターでは伝染病はどんな人でもかかると言っている。
伝染病はドーシャのような個人の体質やドーシャの乱れなどの内的要因でかかる病気ではなく、外的要因での病気であり外的要因はどんな人にでも影響を与えるとされる。

 

まずはオージャスを減らす要因をチャラカ・サンヒターから抜粋する。
つまり「オージャスを守るためにやってはいけないこと」だ。
オージャスがイマイチわかりにくければ、免疫力、生命力、生きるパワーでもなんでも良いので自分で理解しやすい言葉で読みかえて読んでほしい。

 

✖ 過度な運動をしてはいけない
体を疲労させることはオージャスを減らす。
ただし、古代インドと現代日本人の運動量はまったく違う。
古代インド人は日常生活が運動である。
水を運んだり、畑を耕したり、歩いて移動していたので日常生活で疲労していた。
そのため、日常生活で体を酷使しているのだから、さらに過度な運動をして体を酷使してはいけない、という意味だ。
しかし、現代日本人は古代インド人とまったく違う生活習慣と運動量なので、
適度な運動が現代日本人には必要である。
特に外出自粛などで普段より運動量が減っている方は家でできる運動や積極的に家事や掃除をしよう。
運動でも心臓に負担がかかるような激しい運動ではない。
例えば、マラソンや過剰な筋トレなどは避ける。
それから、すでに体が疲労している方は運動をしてはいけない。
いますぐ体を休ませよう。
「運動は何をしたらよいですか?」「どれだけやればよいですか?」とよく聞かれるが自分の体力にあった運動でよい。
ちなみに精神的なストレスになるような運動もやってはいけない。
嫌々やるのでは意味がない。
人によって体力も楽しめる運動は違う。
自分の体力にあって、楽しんでできる運動を自分で探して欲しい。
三日坊主では意味がないので毎日継続できる運動をみつけよう。

 

✖ 食事をしないこと(断食)をしてはいけない
1食でも食べないことや食事制限や断食はオージャスを減らす。
なぜなら、オージャスは食べ物を原料にしてできているからだ。
食べないとオージャスの原料がないのでオージャスは作られない。
断食は体に良いと思われているが、その反面、オージャスを減らす。
本来、断食は食べ過ぎによっておこる体調不良や内臓を休めたり、パンチャカルマ(浄化療法)の前段階と行われるものであり、断食後は失ったオージャスと取り戻すための薬草の投与や食事療法がおこなわれるものである。

正しい知識もなく断食をしてはならない。

 

また、アーユルヴェーダは「同質のものは増やす、異質なものは減らす」と考える。
オージャスと同じ質の物を食べることでオージャスを増やす。
パワーがある物、質の良い物を食べなければならない。
それは、新鮮な生命力があるものである。
アーユルヴェーダではよく「土地の物を食べろ」とか「出来立ての物を食べろ」という。
その意味は、収穫してからすぐ食べることは生命力があるからだ。
時が過ぎればパワーなくなり鮮度が落ちてパワーがなくなる。
冷蔵庫の野菜室の奥で見過ごされた野菜が発見がされることがあると思うが、
古くなった野菜はシワシワだったり痛んでいたりする。
見るからに生命力がない。
採れたての新鮮な野菜はみずみずしくて生き生きして生命力を感じる。
そういう生命力があふれた食べ物から生命力をいただき自分の生命力を増やすのだ。

土地の物は流通時間が短いく新鮮で生命力があるので土地のものを食べよう。
炊き立てのご飯は艶々してふっくらして、

見るからにパワーがある。
新鮮な肉や魚、野菜など命のパワーがみなぎっている物を食べて、
自分のパワーを増やすことがオージャスを増やすことである。

また、オージャスが満ちていると精神力、知力も満たされている。

そのため、自分が今何を食べたら良いのか、体がなにを欲しているのか、何を食べたらよいのか、ということを判断できる。

欲望をコントロールできる。
今、自分が何を食べたら良いのかわからない、食べてはいけないもの、食べる必要がないものを食べたい、と思ってしまうことはオージャスが減少していると症状と考えられる。

 

✖ 心配をしてはいけない
愛着、嫌悪、怒り、悲しみ、焦り、不安、嫉妬、惨めな思い、満足しない(足りていることを知らない)、愛欲、貪欲、無知などの精神的ストレスはオージャスを減少させる。
新型コロナウィルスによって不安や怒り、悲しみなどの精神的ストレスを抱えている方もいるだろう。
オージャスを減らすと病気にかかりやすくなる。
オージャスがなくなると死ぬ。
だから、今すぐ心を解放してあげてほしい。
もし、不安や怒りなどのマイナスなことを考えるようだったら、
「ヤバイ!オージャスを無駄使いしてる!」と思ってオージャスを節約してほしい。
瞑想やヨーガの実践も良い。

できるだけ不安や怒り、悲しみから離れて欲しい。
何か好きなことに没頭するもよし。黙々と何かを作ったり、身の回りの掃除をするのもよし。
詳しくは次の「心の備え」で書きます。

 

✖ 乾性の・少量の・限定された食事を摂ってはいけない
オージャスは油性という性質をもっている。

そのため、その反対の性質の乾性の食事を食べるとオージャスが減る。
油性の食事はオージャスを増やす。
肉や魚は油性であり、ゴマ油、ギー、オーリブオイルなどの良質の油をとろう。
自分の消化力や運動量、体質に合わせて適量とって欲しい。
ただし、摂りすぎてはいけない。
油性のものはカパを増やす。
カパは粘着という性質があるので執着や欲望をうむ。
執着や欲望が体と心を崩壊させる。
そして、国と世界を崩壊させる。
伝染病は人間の欲望の結果とされている。

限定された食事というのはバランスの悪い食事のことである。
アーユルヴェーダでは6味(甘味、塩味、酸味、辛味、苦味、渋味)をバランスよく摂取することが基本だ。
6味のバランスが悪い、同じモノばかり食べている、偏った食事でドーシャが乱れる。
なんでも食べ、偏った食事をしないことがドーシャの乱れを防ぎ、オージャスを増やす。
現代栄養学の知識も取り入れ米、肉や魚、野菜、果物なんでも食べよう。
「○○体質だから何を食べたらよい」とか「食べちゃいけない」とか言う方もいるが、それを考えると何を食べてよいかわからなくなる。
オージャスが満たされていれば、知性があるので間違った食事をすることがないので好きなものを食べてよい、とされている。
まずはバランスよく正しい食事をすることを心がけよう。

 

✖ 強い風や日射にさらされてはいけない
強い風や暑い太陽の日差しは身体を疲労させオージャスを減らす。

 

✖ 恐怖を感じたり、悲しんではいけない。乾性の飲み物をのんではいけない。夜更かしをしてはいけない
しつこいようだが精神的ストレスはオージャスを減らす。
暇だからと言ってネットフリックスでホラー映画をみたり、悲しいドラマを観たりするのはやめよう。

観るなら楽しい、ハッピーになる映画をみよう。
インドの歌って踊る能天気な映画はこんな時はおススメである。

乾性の飲み物の代表的な飲み物がアルコールだ。
わかりやすい例がある。
志村けんさんが新型コロナウィルスで重症とのこと。
彼はお酒も好きでヘビースモーカーだったようだ。
ちなみに、タバコも乾性である。
しかも、けんさんは夜遅くまでお酒を楽しんでいたようだ。
夜更かしは体を疲労させる。
そして、おそらく芸能界で生き残るにはストレスも相当あったハズであるし、
独身なので一人で家にいるのは寂しかったのかもしれない。
彼の今の状況はアーユルヴェーダ的に言えば、オージャスを減らすことばかりやっていた結果といえる。

 

✖ カパ・血液・精液(過度な性交)、不要な過剰な瀉血をしてはいけない、瀉血を失敗してはいけない
カパを過剰に出すというのは過剰なダイエットのこと。
つまり断食や過度な運動と同じなのでオージャスを減らす。
精液を過剰に出すことは過度の運動と同じで体が疲労するのでオージャスを減らす。
過剰な瀉血とは過度なデトックスをしてはいけないということ。
また過度なパンチャカルマ(浄化療法)をしてはいけないということ。
過度なデトックスやパンチャカルマは身体を疲労させる。
パンチャカルマはアーユルヴェーダでは推奨される病気の治療法、病気の予防法だが、非常に体力を使う治療法でありオージャスを減らす治療法である。
そのため、パンチャカルマ後にラサーヤナというオージャスを取り戻す治療法とセットで行うようになっている。
まちがったパンチャカルマはオージャスを減らす原因となるので、

アーユルヴェーダ医師のもとで行われるべきである。

瀉血とは血を抜くことであるが血液は食べた物がアグニによって消化され、

血漿→血液→筋肉→脂肪→骨→骨髄、神経組織→生殖組織の順番で肉体が作られ、その結果としてオージャスができる。
血液を抜くことはこのオージャスを作る過程を阻害することになるので、

過度に血液を抜くことはよくないとされる。


しかし、アーユルヴェーダ的には血を抜くことはオージャスを減らすことなので難しいところであるが献血はできる方はやっていただきたい。
感染している可能性がなく、体力がある方はぜひ献血して欲しい。
新型コロナウィルスの影響で献血をする人が減っているらしい。
必要とする血液がなく助かる命が助からないことはとても残念である。
良い行いをすることはオージャスを増やす。
布施のように見返りを期待せず良い行い(カルマ)を積むことは伝染病を治すとされている。

 

✖ 時の過ごし方を間違えること
時とは季節である。
季節は避けられない要因である。
季節は人体に大きな影響を与える。
正しい季節の過ごし方をしなければオージャスを減らす。
また気候変動は伝染病を引き起こすとされている。
日本の大型台風の来襲、オーストラリアの大火事、各国での洪水や異常気象がずっと続いている。
今回の新型コロナウィルスの拡大もアーユルヴェーダ的には予想されていたことである。
今は季節の変わり目で暑かったり、寒かったり気温の変化が激しいさらには、乾燥した強い風が吹いている日が多い。
乾性や強い風はヴァータも悪化させるしオージャスも減る。
それから、時とは時間的経過のことである。
つまり老化だ。
老化はオージャスを減らす。
生物は日々老化している。
老化を遅らせることがオージャスを守ることになる。

 

✖ 悪霊に憑りつかれること
オージャスが減ると目には見えないモノに憑りつかれる。
また憑りつかれるとさらにオージャスを減らす。
古典書では鬼や悪魔といわれるが、ウィルスも目には見えないモノである。
憑りつかれないように気をつけよう。

 

では、オージャスを増やすにはどうしたらよいか?
上記のオージャスを減らすことの逆をやればよい。
アーユルヴェーダの実践とはそういうことだ。
やってはいけないことの逆をするのがやるべき良いことである。
良いことの逆をやるのがやってはいけない悪いことである。

 

上記を簡単にまとめると...
オージャスを増やして新型コロナウィルスに体を備える方法
〇 体を疲労させない程度の適度な運動
〇 バランスの良い食事
〇 精神的なストレスを抱えない
〇 夜更かしをしない
〇 過剰なダイエットやデトックスはやらない
〇 アルコールやたばこは減らす(可能であれば禁酒・禁煙)
〇 季節(その日のお天気)にあわせた対策をする
〇 老化しないように肉体的、精神的に若々しさを保つ
〇 肉体的、精神的に変なものに憑りつかれないようにする(悪い物には近づかない)
  
ネットや本にアーユルヴェーダの一日の過ごし方などがたくさん載っているので、
できることを是非実践してほしい。


わからないことがあれば、コメント欄でもメールでもよいので質問をお受けしますので何かあればご連絡ださい(返事は遅くなるかもだけど)

個人的な体調や病気の相談はお答えしかねますので、ご了承ください。

 

f:id:ayurvedacramshooljunana:20200329143627j:image

 

備える ①はじめに

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

新型コロナウィルスが世界的に広まるいっぽうだ。
日本でも東京および近県の外出自粛要請が出た。
日本もじわじわと感染が広まっている感がある。

日本の医療水準
日本人の手洗いなどの公衆衛生の意識
ルールを守る道徳意識 など...
様々なことが他国よりレベルが高い。

キスやハグ、握手の文化もない。
先日、テレビをみていたらイタリアで外出禁止令が出るので、
恋人同士がしばらく会えなくなるからと駅のホームで抱き合いながらブチューと別れのキスをしているのをテレビでみた。
おもわず「ギャー!」と叫んでしまった(イタリアの方ごめんなさい)
濃厚接触の最悪なヤツである。

インドやその他のアジアやアフリカの国々のようなスラム街もない。
日本にも貧困世帯はいるがインドやアジア、アフリカの貧困とは訳がちがう。

水道をひねれば手洗いできる水も豊富にある。
ちびっこの時から手洗い、うがいをうるさく言われ、
常日頃からマスクをし、手ピカジェルをカバンにぶらさげて歩き、
レストランでは無言でオシボリをだされ、
きれいな水で風呂に毎日はいるのは日本人ぐらいだ。
ご飯も手で食べず、箸もフォークもスプーンも使える器用な民族だ。
あらゆる面で他国より優れている。
日本人は日本人アルアルを当たり前にやっていたら、
他国のような爆発的な感染にはならないと思っている。

しかし、残念ながら一部のおバカさんもいる。
どの時代にもおバカさんはいるが、

最近は自分の欲望を我慢できない人が多い。
自分の欲望を我慢できない一部のおバカさんのせいで状況が悪くなりつつある。

そして、新型のウィルスであるからこそ何が起こるかわからない。
何も起こらないかもしれないが、
多くの人に感染することにより変異しないとも限らない。
人類は未知のウィルスとの戦いの歴史であり、
過去にはペストやSARS、MERSなどもあった。
しかし、全世界的にこのような感染拡大、経済に打撃を受けるのは地球始まって以来である。

不安を煽るようで申し訳ないが、

経済が世界的に落ち込むと戦争が起きる可能性もある。
日本が戦地になることはないだろうが、

何かしらの影響は受けるであろう。
戦争が回避できたとしても不景気によりリストラや倒産も増えるだろう。
自殺する人も増える懸念がある。
泥棒や詐欺がふえたり、ヤケクソになる人も増えるであろう。
戸締り用心火の用心、いろんなことに用心である。
感染する、しない、に限らず、
多かれ少なかれ新型コロナウィルスを原因として何かしらの影響を受ける可能性がある。

それから、日本は気を付けなければならないことが二つある。
台風と地震だ。
季節的には台風の時期ではないが終息しないまま昨年のような大型の台風が日本にいくつも来たら...
それから、地震は予測できない。
どこで大地震が起きるかわからない。
東京のように感染が広まっていない地域の方は、
もしかしたら危機意識が薄いかもしれないが、
想像して欲しい。
今、台風や大地震が起きてみんなが避難所暮らしになったら...
弱り目に祟り目である。
考えたくもないが、考える必要がある。

誤解して欲しくないのだが、
みなさんの不安を煽るためにブログをわざわざ書いているわけではない。
買い占めを推奨しているわけでもない。
このブログを読むようなアーユルヴェーダに興味がある方は、

興味のない方々に比べて健康意識が高いと思う。
健康意識が高いが故、不安になっている方も多いではないかと思う。
そのような方々の不安を解消する力に少しにでもなれば、と思っている。
塾長もアーユルヴェーダやインドの智慧を知らなければ、
今頃は不安になってスーパーでトイレットペーパーを買い占め、
マスクをアホ転売ヤーから高額な値段で買っていただろう。
しかし、アーユルヴェーダやインドの智慧を知った今は、
最悪の事態も予想しながらも落ち着いて粛々と自分のやるべきことをやっている。
アーユルヴェーダに救ってもらっている。

アーユルヴェーダへの恩返しのつもりで、

アーユルヴェーダやインド思想などのすばらしい知識をみなさんと共有したいと思って書いている。

もともと人は素晴らしい「知性」をもっている。
その「知性」を使い自分の体と心の健康と生活を守ることがアーユルヴェーダである。
そして、その「知性」でみなさんの大切な人たちを守ることができる。
そして、日本と世界を救うことができる。
アーユルヴェーダやインドの智慧とみなさんの「知性」ある行動によって、
一緒にこの困難を乗り越えることができると思っている。

 

生きることは「苦」である。
だから「苦」があって当たり前なのだ。
しかし「苦」があることで人は成長できる。

「苦」に正しい心で向き合い、
自分がなすべきことを正しく行うことが、
己の成長であり、究極の幸せ(解脱・モークシャ)の道である。


さて、前置きが長くなったが、
みなさんの心身の健康と生活を守るためにやって欲しいことがある。
以下4つのことを備えて欲しい。
「備えあればうれいなし」である。

  • 体の備え
  • 心の備え
  • 物質の備え
  • 経済の備え

この4つは私たちがこの世で快適に生きていくためにごくごく当たり前のことである。
別に新型コロナウィルスが流行っているからではない。
たとえ新型コロナウィルスが終息したとしてもこの「備え」は継続していって欲しい。
この先も未知のウィルスが発生する可能性もあり、
戦争や災害のために備えて欲しい。
すでにはじめている方、普段から実践されている方もいらっしゃるかと思う。
そういう方々は特別かえる必要はない。
アーユルヴェーダは当たり前のことを当たり前にやることである。

 

感染が広まる前に早くブログにすればよかったと思っている。
遅筆なものでごめんなさい。
でも、今からでも遅くはない。
次回からこの4つの「備え」について一つずつお話していこうと思う。
おつきあいください。

 

f:id:ayurvedacramshooljunana:20200327120615j:image

 

マスクについて

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。


巷では相変わらずのマスク不足だ。

先日、近所のスーパーでの出来事で思うことがあったので、

つらつら書いてみます。

 

近所のスーパーでは1階に日用品や医薬品などを売っている。
マスクももちろん1階の医薬品コーナーで売っている。
塾長は今は在庫がなんとかあるので買う必要はないのだが、
どれぐらいマスクが市場に出回っているかを知るためにスーパーに行くと覗いている。

案の定、その日も売り切れ。
マスクの陳列棚の前に人だかりができていた。
数人のお客が「いつ入荷するのか?」

「もし入荷するなら何時に入荷するのか?」

などと店員に食って掛かっていた。
そして、おばあちゃんたちが立ち話をしながら「マスクない」自慢をしていた。

そんな興奮してまくしたてていたらウィルス吸い込むぞー、
おばあちゃん達は立ち話してないで早く帰れー、
と思いながら塾長は3階の本屋に向かった。

そのスーパーは3階に本屋があり、
となりに文房具売り場があるのだが、
文房具売り場の横を通ったら、
我が目を疑って2度見、どころか3度見、4度見してしまった。
文房具売り場にあったのは、

な、な、なんと今やツチノコなみにみかけない「マスク」!
ただ、パッケージに書いてあるのは「給食用マスク」
いわゆる昔ながらの「布マスク」がそれなりの枚数売られていたのだ。
今やすっかり使い捨てマスクが主流だが、
子供用ではあるが、子供用の使い捨てマスクも売っていないし、
目と鼻を覆うなら小顔の方なら大人でも子供用の布マスクも大丈夫だろう。

店員さんも3階にありますよー、と言えばいいのだろうが、
新学期の子供たちのためにあえて言わないのかもしれないが、
店員さんも担当する売り場が決まっていて、
医薬品担当の人は文房具のことは知らないのかもしれないし、
文房具売り場の人は医薬品売り場で大騒動になっているなんて知らないのかもしれない。
買う方もマスクは医薬品売り場にしかない、と思い込んでいれば給食用マスクのことなんて思い浮かばないだろう。

なつかしの給食用マスクをみながら、アーユルヴェーダ的なことを思ってしまった。

案外、欲しい物、必要なものは、自分の身近にある
自分の思い込みや無知によって見えていないだけかもしれない
不安や焦りは周りを見えなくさせる
心が乱れていると冷静に考えることができない
ということ。

よくよく考えると、
おばあちゃん達が「マスクない」自慢をしていたが、
実は、おばあちゃん達は裁縫が得意な方が多い。
昔の学校では裁縫が必修であり、
昔はなんでも家で手作りしていた。
おばあちゃんは今の若者より裁縫ができるのだ。
なければ作ればいいのだ。
ガーゼも売り切れているようだが、
「手ぬぐい」でも「さらし」でもよいのだ。
綿100%でガーゼと同じだ。
「さらし」なんて昔はオムツにしていたぐらいだ。
塾長でさえ赤ちゃんの頃は、紙おむつがまだまだ高級品だったので、
母やばあちゃんが縫ってくれた「さらし」のオムツだった。
赤ちゃんのデリケートなお尻にも優しい「さらし」
「さらし」は呉服屋さんでも売っているし、
Amazonでも10メートル2千円弱ぐらいで売っている。
今日、Amazonをのぞいてみたら適正価格で売っている。
10メートルあったら何個マスクが作れることやら…


アホ転売ヤ―から何万円も出してマスクを買うぐらいなら「さらし」を買って、
おばあちゃんに聞きながらマスクを作るか、
おばあちゃんに頼んで作ってもらおう。
孫の頼みならやってくれるだろう。
いろんなイベントがなくなったりして暇している高齢者も多い。
集まって立ち話しているより、

仕事を与えた方がやりがいもでるだろう。

もしくは、学校が休みですることがない子供たちにYouTubeをみせながら作らせよう。
YouTubeにさらしマスクの作り方がアップされている。


そして、大量生産してあまったら、困っている人にわけてあげよう。
寄付は善い行いでアーユルヴェーダの古典書でも薦められている。
もし売るなら適正な値段で売ろう。
正しくお金を稼ぐことも同様に薦められている。

あと、「さらし」といえば妊娠5が月の時の戌の日に巻く腹帯。
現代はベルトタイプなどもあるが昔ならの腹帯は「さらし」だ。
腹帯はマタニティ用品売り場でもAmazonでも楽天でも売っている。

こういう時だからこそ心を静めよう。
そして、冷静に物事を考えよう。
知恵をしぼったり、工夫をすることをしよう。
そうすれば、手に入れたいものは近くにある。

 

ついでだが、消毒薬はペット用品を売っているお店にあることがある。
大型のペット用品店とか、こだわりのペット用品店などに売っているのだが、
ペットのトイレ拭きや床に粗相をした時ように掃除グッズとして売っているのが、
ウィルス対策として活用できるものがある。
先週、2件ばかりペット用品をのぞいたら「ウィルス対策」に使えます、と結構な量を売っていた。

最近のペット業界はペットに優しい商品が多いので人間にも十分使える。
人間用よりかは高いかもしれないが、千円~二千円程度で手に入る。
どうしても必要な方は薬局だけにこだわらず、

ペット用品店も覗いてみるのも良いかもしれない。

固定観念をなくすことで、物はもちろんだが物でないものが手に入ることもある。

 


仏教教典を読んでいたら、今の日本にふさわしいブッダの言葉あった。

足ることを知り(あるもので満足し)、法(真理)を聞き、
法(真理)を見る者の独居は楽しい。
世の中の人に対し、怒り憎むこともなく、
生けとし生きけるすべての生きものに対して、
自制(セルフ・コントロール)することは楽しい。
世間に対するむさぼり、欲望を離れ、もろもろの欲望を超えることは楽しい。
「われが、われが」という慢心に打ち克つことは、けだし最上の楽しみである。
                        《ヴィヤナ》《ウダーナ

 

みんながあるもので満足して、みんなに優しくなり、自分は少し自制することで、

マスク不足やトイレットペーパー不足になどにはならないはず。

そして、新型ウィルスも終息させるスピードも上がるかもしれない。

 

f:id:ayurvedacramshooljunana:20200309181122j:plain

 

あなたの評価とはなにか

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

 

わたしをわかってくれない
わたしを正当に評価してくれない
わたしはこんなにがんばっているのに
わたしはこんなにやってあげているのに
だれも感謝してくれない
...などなど

今、自分がいる場所で自分を認めてもらえない、と苦しむ人がいる。

 

なぜ「今」「この場所」で評価されなくてはならないのか。
他人からの評価はモチベーションアップになる
給料があがり生活が豊かになる
店の評判あがれば経営が楽になる
知名度があがる
名誉を与えられる
...などなど

「評価される」ということは、
自分の精神的、物質的に満たしてくれる。

少し考えていただきたい。
「今」
「この場所」
で評価されることが、あなたの本当の評価なのか?

 

なぜこんな話をするかというと...(長文、ごめんなさい)

最近、年齢のせいか親戚、元上司、友人の親などの訃報を耳にすることが多くなってきた。
誰かの訃報を聞くと思いだす方がいる。

 

数年前に塾長が会社員時代に大変お世話になった上司が亡くなった。
50代前半という若さだった。
その方は誰でも知っている大手企業にお勤めで優秀な方だった。
しかし、30代で命にかかわる大きな病気になった。
一命はとりとめたものの一生薬を飲まなければならず、
また、病気がいつ再発するかわからない状況になってしまった。
会社に復帰はしたものの大手企業はシビアである。
どんなに優秀でも体調面の不安から、
やりがいをもっていた仕事からはずし、
また出世の道も閉ざしてしまった。
会社の本心はわからないが、
誰の目からみても病気によるリストラだった。
今ならブラック企業で訴えることもできただろうが、
そういう時代ではなかった。
そして、いろんな部署を転々しながら塾長が働く子会社に出向となった。
態度にも言葉にもださないがご本人も会社の露骨なリストラと自分の現状を受け入れていた。
そして、自分が出世することや成績を残すことより、
出向先での部下の育成に力を注ぐようになった。
能力があろうが、なかろうが、がんばっている部下を応援し、
時には本気になって叱っていた。
一生懸命にやっている部下が正当に評価されないとお偉いさんに噛みついた。
ある時、20代で病気になりその上司と同じように親会社から出向になった部下がいた。
努力して入った大手企業なのに入社して数年で、その会社でやりたいことがあったのに病気のせいで二度とできなくなってしまった。
周囲も気を使ってしまいみんなが彼を腫物を扱うような感じでいた。
その上司だけは、
彼が別の道でも生きていけるように、
その子が腐らないように、
彼の眠れる能力を引き出し、
彼を見事に本社に戻した。
そのことをその上司は自慢するわけでもなく、
純粋に本人が努力した結果だ、と喜んでいた。
逆に、仕事をしないやつ、
上司にゴマをするやつ、
仕事に前向き取り組まないやつは、
バッサリ切り一切認めなかった。
気前もとてもよく部下を飲みにつれて行ってくれた。
会社の金で飲み食いする役員たちとは違い、
身銭を切っていろんな物をご馳走してくれた。
「お前らと飲みに行くと翌月のクレジット明細を怖くてみれん」などと言っていた。
それは、派遣社員契約社員であろうと変わらず、
がんばっていれば誰でも評価してくれる方だった。
がんばっていても不器用で評価されない社員、
評価されにくい派遣社員契約社員から絶大な人気があった。
塾長はその上司とは部署は同じなものの課がちがったが、
当時は塾長もそれなりに頑張って働いていたので、
その上司がよく見ていてくれて、
よく声をかけてもらった。
飲みにつれて行ってもらって愚痴をよく聞いてもらった。
退職した後も気にかけていただき食事に誘っていただくことも多々あった。

ある年のゴールデンウイーク明けにその上司が出社されないので、
会社の人からご家族へ連絡し見に行ってもらった。
部屋で倒れて亡くなっていた。
亡くなってすでに数日たっていたそうだ。
塾長はすでに退職していたが、お通夜、告別式に参列させていただいた。
そこにいたのは、
号泣する女子社員たちや、
転勤で地方に勤務になった方、
塾長のように退職した方もいた。
多くの人が参列され、
多くの人が突然の別れを惜しんだ。
多くの人がお世話になったことの感謝を年老いたお母様に伝え、お母様を励ましていた。
その上司は病気のこともあったのか結婚をしていなかった。
お母様もご兄弟もそのことを心配されていたが、
葬儀で号泣する女の子たちをみて、
自分の息子が結婚していなくても実はモテモテだったと知ってうれしかったようだ。
塾長も退社して何年もたつが、
お世話になったことを感謝し、
今も忘れていない、と伝えさせていただいた。
そして、お通夜の夜、元同僚たちと元上司との思い出話を泣きながらたくさんした。
亡くなって何年たっても未だに元上司の事を思い出すことがある。
元同僚たちと集まれば、
必ずその上司の話しがいまだにでる。
結局、その上司は会社では出世はせず、会社では評価されなかった。
むしろ、役員におかしなことがあると噛みつくので、会社では疎まれていたかもしれない。
でも、家族でもない人たちが涙を流し、
亡くなった後もずっと想ってくれている。


元上司との逆の話もある。
塾長の相方の亡き父は、

アルコール依存症で家族にさんざん迷惑をかけた。
母は夫に泣かされてきた。
そのとばっちりが子供たちにもきた。
最期は飲みすぎて亡くなった。
葬儀では家族は誰も泣いていなかった。
もしろ、家族は「ヤレヤレ」という安堵の雰囲気が漂っていた。
友だちや親戚とも飲むと喧嘩したり、    倒れたりして迷惑をかけていたので、
友だちも親戚もおらず、

母の友人や町内会の役員がお義理で数名来ていたぐらいだ。
亡くなった後、子供たちから父親の思い出話は一切でない。
母は口を開けばもうすぐ十三回忌だというのにいまだに夫の文句を言っている。
仏壇も本来も母の家に置くのが筋なのだが、なぜか我が家にある。
命日でも誰もお参りには来ない。
おそらく命日をみんな忘れている。
塾長が命日に「お父さんだれも来ないねー」とひっそりお酒をお供えしている。


何が言いたいかと言うと、
「今」「この場所」での評価は、

あなたの人生のなかの一瞬でしかなく、
本来のあなたの一部分でしかない。
人は必ず死ぬ。
死ぬ時が人生の決算であり、
本当に評価されるのは、

あなたが「亡くなった時」
そして

「亡くなった後」である。
評価とは自分を評価することでもない。

自分の周りの人、
自分と関わった人たちがすること。
自分の評価と他人の評価が一致しないから、と苦しむことではない。
人生の最後の評価は、

あなたの勤務態度や業績が評価されるのではない。
あなたの「生き方」が評価される。
死んでしまえば自分の他人からの評価は知ることはできないが、
泣いてくれる人がいる
感謝される
亡くなった後も思い出してくれる人がいる

泣いてもくれない
感謝されることもない
亡くなった後は思い出してもらえない
亡くなったのに文句を言われる
あなたは人生最期にどんな評価を得たいだろうか。
あなたが理想とする評価を得るためには、

「今」何をしたらよいのだろうか。

 

「今」の評価、「今いる場所」での評価を求めることは別に悪いことではない。
しかし、

そればかり求めると、

評価を得たい

今の評価を失いたくない

という気持ちから「エゴ」や「執着」がうまれる。

「エゴ」や「執着」は正しい道からはずれていく。
怒りや憎しみ、不安、悲しみなどの元になる。
さらには、
人を蹴落としたり、
嘘をついたり、
やってはいけないことをやるようになってしまう。
怒りや憎しみ、不安、悲しみ、嘘や欲望は、アーユルヴェーダではよくないものとされる。
オージャスを減らし病気になる。
さらに言えば「悪い行い」は解脱できなくなる。
生まれ変わり、再びこの苦しみの世を生きなければならなくなる。

 

勘違いしてほしくないのだが、
死ぬ時に評価されたいために自分が我慢することではない。
良い人ぶることではない。
自分の評価を気にせず、
誰かのために頑張れる人、
その人のために汗をかいてくれる人が、

本当の評価を得る。
評価はあなた以外の人がすることだから。

 

亡くなった後も尊敬される偉人と言われる人々が数多くいる。
偉人といわれる人たちは、

自分のためではなく誰かのために努力し、
評価などどうでもよい人ではないだろうか。
ただただ目の前の問題や課題に全身全霊で取り組んだ人達が、
死後、何十年、何百年たっても評価され尊敬されている。
あなたが世界中の人が知っている偉人になる必要はない。
今、あなたのまわりにいる人たち、

あなたと一日でも一瞬でも関わった人たちから偉人と思われればよいのだ。
自分で自分を評価していたり、
目先の評価を気にしていたら、
そうはならない。

 

 

今もしあなたが死んだら、
どれだけの人が泣いてくれますか?
どれだけの人が感謝してくれますか?
何年たってもあなたを思い出してくれる人がいますか?

あなたの生き方次第で人生の最期の時に、

「最高の評価」

をしてもらえることを忘れないでほしい。

こんな時だから、一人で人生を豊かにする

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

 

いよいよ新型コロナウィルスの市中感染の様相を呈してきた。

政府やWHO、中国の方々に文句を言いたい方もいらっしゃるだろうが、

『ウィルス憎んで、人を憎まず』

今更、文句を言っても始まらない。

誰が悪いわけでもない。

人類は未知のウィルスや細菌との戦いながら、

医学や生活を発展させてきた。

今に始まった訳ではない。

 

漠然と不安を感じている方もいるだろう。

自分の健康は自分にしか守れない。

しかし、難しい事ではない。

『正しい行い』をする。

これしかない。

 

ワイドショーやSNS、ネットニュース等を見まくって不安になっている方、

五感の使い方の誤りはアーユルヴェーダでは病気を引き起こす。

『正しい』情報を必要最低限取り入れ、

必要以上な情報、

誤った情報は入れないようにしょう。

そして、ちゃんとご飯を食べて、

さっさと寝よう。

人混みはさけるべきだか、

怯えて家に引きこもっているべきでもない。

早起きして、

人がいない間に散歩をしたり、

軽い運動をしよう。

時差出勤も勧められている。

少し早い電車に乗ってみたり、

すいている各駅停車の電車で行ってみたりするのはどうだろうか。

 

そして、

みんなでワイワイすることも楽しいが、

イベントが中止や延期になったりしているし、

わざわざ人が集まる所に『今』行く必要もない。

感染の不安や恐怖、

マスクをしないで咳をするやつにイライラするぐらいなら、

こんな時だから、

『一人で人生を豊かにする時間をもつ』

と気持ちを切り替えよう。

一人で好きなことをして人生を楽しんでみよう。

家でできること、

一人でできることをみつけよう。

部屋を片付けたり、

いつもできない所を掃除をしたり、

たまった本を読んだり、

音楽を聴いたり、

ヨガをしたり、

瞑想をしたり、

一人で楽しめることをみつけよう。

 

3月は決算の時期でもあり、

4月は新年度。

この一年や今までやってきたことをまとめたり、

振り替えるのはどうだろうか。

また、

新年度に向けて目標をたてたり、

準備を始めるのもよい。

 

みなさんの一人で人生を豊かにすることは何ですか?

リマインド

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

 

昨年の2月にアップしたモノです。

コロナウィルス対策の参考に。

 

『敵に囲まれている』

http://ayurvedacramshooljunana.hatenablog.com/entry/2019/02/09/154032

コロナウィルスとアーユルヴェーダ

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

 

コロナウィルスが広がりつつある。

対策をもっと早く中国政府や日本政府にはやっていただきたかったが、

今更、

一般庶民が文句を言っても仕方がない。

 

まずは、

感染しないように自己防衛するしかない。

 

はっきり言うが、

コロナウィルスに感染してもアーユルヴェーダでは治療できない。

インフルエンザも同様だ。

 

アーユルヴェーダには、

得意、不得意がある。

アーユルヴェーダは、

急性の病気の治療は得意でない。

 

アーユルヴェーダのできた時代は、

まだウィルスがなんだかわからなかった時代である。

感染症は、鬼や悪魔に取り憑かれる、と言っていたような時代の医学である。

また、

現代ほど人の移動がなかったので、

感染症が現代より多くなかったと言われている。

そのため、

感染症などの急性な病気の治療は得意ではない。

コロナウィルスに限らず、

インフルエンザや風邪などに感染した場合は、

ハーブなどに頼らずに医療機関で適切な処置をしてもらおう。

 

逆に、

得意なのは、

慢性の病気の治療や病後の体力の回復や病気にならないようにするための身体作りが得意である。

 

まずは、

感染しないように予防すること。

それは、基本的なこと。

 

『オージャスを減らさない』

『オージャスを増やす』

 

オージャスは免疫力とも訳されるが、

その人の生きるパワーである。

パワーがあれば、

悪いものをはね除けることができる。

 

そして、

当たり前の事が身を守る。

手洗い

うがい

睡眠

バランスのとれた食事

適度な運動

ストレスをためない

人混みをさける

マスクの着用

持病がある人は持病がない人より注意をはらう

などなど

 

それから、正しい知識を身につけること。

注意することは必要だが、

正しい知識を得て、

正しい行動をしていれば、

過剰に怯える必要はない。

不安や心配は、

オージャスを減らす。

知識があることは、

病気を予防する。

 

f:id:ayurvedacramshooljunana:20200128091023j:image