アーユルヴェーダ塾ジュニャーナ塾長日記

アーユルヴェーダについて学ぶアーユルヴェーダ塾ジュニャーナを主催している「塾長」が古典書にもとづいたアーユルヴェーダのお話を日々綴っています。

アーユルヴェーダを理解するには努力と根性!?

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

 

アーユルヴェーダを学びたい、という方に「なぜアーユルヴェーダを勉強しようと思ったの?」と質問すると「アーユルヴェーダの単発の講座に行ったけどよくわからなかったから」「アーユルヴェーダのスクールに通ったけど、わかったような、わからないよう感じでモヤモヤする」「今、アーユルヴェーダを勉強しているけど何をやっているかさっぱりわからない」というような声をよく聞く。

 

残念ながらアーユルヴェーダは「医学」なので単発の講座や短い期間勉強しても理解することはできない。現代医学だってセミナーや学会に行ったからって医学をすべて理解し病気が治るわけではない。医学用語の知識も必要だし体の仕組みや病気や薬の知識があってこそ理解できる。

 

特にアーユルヴェーダは私たち日本人が持っていないインドの文化や考え方が多く含まれている。言葉も私たちが使わない言葉もたくさんでてくる。その言葉の意味や身体にどう関係するのかを知っていなければ理解できない。

 

近頃「アーユルヴェーダって何?」「アーユルヴェーダって何をするの?」という疑問の答えをその場ですぐに答えを求めたがる人が多い。はっきり言ってそれは無理。例えば「アーユルヴェーダはドーシャをバランスさせて・・・」なんて説明をすれば「ドーシャって何?」って話になる。「ドーシャっての体のなかに流れているエネルギーで、ヴァータ・ピッタ・カパがあって、どうたらこうたら・・・」という話になるし。ドーシャを詳しく説明するにはインド哲学も必要になる。「アーユルヴェーダの究極の目的は「解脱」です」といえば「解脱って何」ってことになる。そうなると宗教観の話もしなくてはならない。その人の知識レベルによってもかわるけど一言でなんて説明できるものではない。

 

アーユルヴェーダを理解したければ、幅広い知識が必要になってくる。勉強がはっきり言って必要!アーユルヴェーダに限らずサンスクリット、ヨーガもインド哲学もそう。インドモノは一日では理解できないし一言で言い表すこともできない。

 

「じゃ、どれぐらい勉強すれば理解できるのか?」と聞きたい人もいるよね。

愕然とするかもしれないが「一生勉強」としか言えない。本気でアーユルヴェーダサンスクリット、ヨーガや哲学を勉強している人に聞いてみると多分同じことを言うと思う。何十年と研究している大学の教授レベルの人でも「完全に理解できていない。まだまだ勉強中」って平気でいう。

 

アーユルヴェーダの元祖教科書のチャラカサンヒターにはこう書いてある。

アーユルヴェーダはこの宇宙を作った最高の神が作った。知識が乏しい人間ではとても理解ができない」とある。私達のような普通の人間の頭レベルではとうてい理解しきれないものなのだ。

 

先日、師匠に「アーユルヴェーダサンスクリットも哲学も一生かかっても理解するのは私の頭では無理!」と弱音を吐いたところ師匠から「勉強し続ければ来世は今世で勉強が終わった所からスタートするから努力し続けろ」とよくわからない慰めの言葉をもらった。それぐらい気が長い話なのだ。

 

でも、理解しょうと努力し続けることで、わからなかったことが少しずつわかってきて楽しくなる(全然わからない時もあるけどね)はっきり言って、講座で講師の話をただ聞いてるだけでは理解できない。自分から知識を積極的に求めないことには知識はやってこない。ホント努力が必要。

 

ヨーガも最初はできないポーズがあったり、インストラクターのようにしなやかな動きはできない。たまにヨガスタジオで体を動かしているだけでは何も変化しない。でも、毎日毎日、家でもコツコツと続けていれば身体が変化してくる。気が付けばできなかったポーズができるようになっていたりする。

 

続けることは根性がいる。できない日もある、やりたくない日もある、体調が悪い日もある。できない日は無理はしてはいけない。無理をすると続けられない。途中でお休みがはいってもいいと思う。でも、途中間が空いても細々でもいいから続けて投げ出さないことが大切。

 

続けていると必ずやアーユルヴェーダやインドモノは何かを与えてくれる。ヨーガなら柔軟な身体かもしれない、ストレスの解消かもしれない、アーユルヴェーダなら健康な身体かもしれない。直接的なことじゃないかもしれない。変化は人によってちがう。塾長なんてただの事務のおばちゃんだったのが、仕事をやめてアーユルヴェーダや好きなインドの話をペラペラとしゃっべっているだけなのに、ありがたいことにお金をもらっている。それも大きな変化だ。

 

逆に努力と続ける根性がなければ何も変化しない。勘違いしている人も多いがアーユルヴェーダの講座に行ったから人生が変わるわけではない。健康になるわけでもない。努力して続ける根性があった人だけに変化が与えられる。

 

でも、これってアーユルヴェーダにしろインドモノだけに限らない。仕事だって同じ。健康だってなんだって同じ。入社したての頃は何もわからないけど、毎日、努力して続けることで、いろんな会社のことや仕事のことがわかってくる。健康も一日だけ健康的に暮らしても健康にはならない。毎日の食事や生活習慣に気を付ける努力をし継続していくことで健康になる。

 

今、アーユルヴェーダやヨーガ、サンスクリット、哲学などを学んでいて「わからない!」って苦しんでいる方、そして、インドモノ以外のことで苦しんでいる方、苦しんだ先に何かがあるからあきらめず投げ出さずにがんばって続けていって欲しいと願っている。

 

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~お詫び~ ブログの記事が一部消えました

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

 

読者の方のご指摘により、ブログの記事が一部消失していることが判明しました(ご指摘くださった方ありがとうございました)

 

復活できる記事は復活しましたが、復活できなかったものもあります。

 

過去の記事がお読みになりたかった方、申し訳ございません。

 

 

 

 

 

 

 

 

アーユルヴェーダの食事 ~香りの強い野菜は食べてはいけない!?~

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

 

たまに「アーユルヴェーダでは香りの強い野菜は食べてはいけないのですか?」と聞かれることがある。例えば、ニンニク、にら、ネギなど...

どの本だったか忘れたけど、そんなことが書いてある日本で売られているアーユルヴェーダの本も確かにある。

アーユルヴェーダをきちんと勉強していない人は書かれていることを鵜呑みにしてしまって、これもダメ、あれもダメ、とダメダメをたくさん作ってしまう。

人は「ダメ」が増えるとストレスになる。そして、ストレスがたまり苦しくなって続かなくなる。もしくは、ストレスがたまり体を壊す人がいる。ごくまれに「アーユルヴェーダをやって体を壊しました」という人がいる。

健康になるためのアーユルヴェーダをやって体を壊すことはアーユルヴェーダを正しく理解していないことである。。悲しい。。

 

話はそれましたが...

 

では、なぜ香りの強い野菜を食べてはいけない、とされるのか?

例えば、ニンニクは現代では以下のような効果があるとされている。

ニンニクは健康になる野菜の代表格。

ネギや玉ねぎも同様に健康によいとされている。

それなのになぜ「食べてはいけない」とされるのか。

 

それはアーユルヴェーダのできた背景や宗教との絡み、インドの食糧事情を知れば、食べて良いか、悪いかがわかる。

 

アーユルヴェーダという医学ができる前は、病気の治療はバラモンが祈祷や呪術を行い、祈りを捧げた植物をくれたりしていた。

それがだんだんと体系化された医学となり、バラモンが医者になるという歴史がある。

 バラモンは神に仕え、様々な儀式を行う人たちである。

神に仕える人たちは様々な決まり事がある。その中には「禁欲(ブラフマチャルヤ)」という性欲をコントロールをしなければならない決まり事がある。

そのために、精力を増強させる作用のある香りの強い野菜を食べてはいけない、とされている。

仏教も同様に五葷(ごくん)といって「にんにく、ねぎ、にら、玉ねぎ、らっきょう」のような香りの強い野菜はつかってはいけない、とされている。そのため僧侶の食事である精進料理にはこれらの野菜は入っていない。ちなみに肉を食べないのも同じ理由である。

それから、土は「不浄」とされている。インドでは浄、不浄はとっても厳しい。土の中でできる食べ物は「不浄」な食べ物とされ、厳しい宗派では人参やごぼうなど根菜も食べてはいけない、というのもある。

また、「不殺生」という「命あるものは殺してはいけない」という決まり事もある。にんにくや玉ねぎは根っこなので、根っこごと食べることは、その野菜の命を絶つことと同じになるので「不殺生」に反するために食べてはいけないとされている。

宗教的な考えとは別に、根菜を食べてはいけない、というのもよくよく考えれば、インドのように激しい気候であったり、ましてや宗教的な考えが出来上あがって来た時代は、食べ物を安定的に得ることができるとは限らない。洪水、干ばつ、飢饉があったかもしれないし、戦争もたくさん起きていたはずである。根っこごと食べてしまうことは次の収穫ができなくなることである。「種(たね)」は残さなければならない。食料を確保するために根菜類を食べないようにしたのではないかとも考えられる。

 

そういったインドの歴史や宗教、食糧事情などを考えれば「食べてはいけない」という理由がわかる。

アーユルヴェーダの食事は、書いてある本をそのまま鵜呑みにしてはいけない。なぜダメなのかと考えなければならない。インドの歴史的、宗教的背景、現代栄養学を考慮し、今の自分の体調などを考えて、今の自分に必要か必要でないかを決めること。そう言った意味では、アーユルヴェーダだけではなく、様々なことを学ばなければアーユルヴェーダを真に理解できないのかもしれない。大変だ、、、

 

アーユルヴェーダで言えば、香りの強い食べ物は辛味が多い。辛味は体を温め、消化力を強くする。消化力が弱っている時には辛味はよい。

最近、暑い日が続いているが、暑さが続くと消化力が弱る。また、エアコンや冷たい物の取りすぎで体が冷えている方も多い。今の時期には香りが強い食べ物はよい。

 

私たちはバラモンではないし、修行僧でもない。やたらめったら性欲を爆発させることはよくないことだが、禁欲まではする必要はない。むしろ、少子化の日本は男女ともに精をつけて子孫繁栄しなければ日本が滅びる。

また、精力があるということは、健康であり元気であることの証明でもある。健康で元気でいなければ私達はよい人生をおくれない。

 

 

注意!

食べ過ぎると下痢や炎症を起こすので、食べ過ぎもよくない。アーユルヴェーダは何事もバランスである。

 

 

 

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~お詫び~ 講座「ゼロからのアーユルヴェーダ」 新規ご依頼の一時中止のお知らせ

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

 

塾長が開催しておりますアーユルヴェーダ講座「ゼロからのアーユルヴェーダ」についてのお知らせです。

 

アーユルヴェーダにご縁のある方だけにお会いできれば、とひっそりと始めた講座でしたが、現在なぜかご好評いただき多くの方からご依頼をいただいております。大変ありがたく心より御礼申し上げます。

 

たくさんのご縁に恵まれ、しあわせな時間を過ごさせていただいているのですが、

困った問題も発生しております。

ご希望が多いため皆様のご希望の日時と、塾長との都合が合わなくなってきてしまいました。

アーユルヴェーダを勉強したい!と思う皆様の強いお気持ちに答えて、皆様の勉強できる日、時間、場所に出向くことが塾長の理念ですが、それをまっとうできず大変心苦しく泣く泣くお断りさせていただいている次第です。。

 

そのため、新規に受講をご依頼される方のお申し込みを「一時中止」にさせていただきます。

 

現在、継続して受講されている方は今までどおり承ります。なんの変更もございませんので、安心してお勉強を続けてください。

また、一度でも受講したことがありお仕事やご家庭の都合などでお休みされている方、また途中で断念した方も今までどおり承りますので、メールにてご希望の日時、場所、時間数をご連絡ください。

 

 

新規のご依頼につきましては9月から再開する予定にしております。

再開の目処がたちましたらブログにてご連絡いたします。

 

7.8月は塾長もアーユルヴェーダサンスクリットインド哲学等の勉強のがんばってやっていきたいと思っておりますので、今までよりも多くの知識を皆様にお伝えできるよう頑張ります。また、停滞気味のブログも更新できるように努力していきますので、今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

 

ご質問等ございましたら下記メールアドレスまでお願いいたします。

 ayurvedacramschooljunana@yahoo.co.jp

 

 

体にいいものを食べても病気になる

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

 

アーユルヴェーダを教えていると健康や食にこだわりをもつ人によく出会う。「健康のために野菜は国産の有機野菜で調味料はオーガニックのものを取り揃えています!スパイスもたくさん持っています!」って自信満々で教えてくれる。

それから、こだわりのある方からは「塾長はどんな食事をされていますか?」とこれまたよく聞かれる。アーユルヴェーダを教えているぐらいだから相当なこだわりをもって健康的な食事をしていると思われるらしい。

残念ながら塾長はごくごく普通。むしろ無頓着。

有機野菜とかオーガニックがどうとか気にしない。食材は近所のイトーヨーカドーで買っている。あえていうなら、旬の野菜や魚を選んではいるけど。アーユルヴェーダでも旬の物を食べるのはよいとされているし、旬の物は美味しいし栄養も豊富。それになんてたって家計に優しい。

安いといえば福島県産でも普通に食べる。放射性物質がどうとか言う方もいるけど気にしない。体力も時間も技術も知識もないのでボランテイアなどできないので、福島県産を買って食べることで福島の方々や被災地に少しでもお役にたてるならそれでよいと思っている。福島県産を食べて病気が発症するのであれば、毎日食べているわけでもないし病気を発症する頃には違う病気になっているか死んでるわい!と思っているので気にしない。高い食材を買って家計を圧迫する方がよっぽどストレス。しょっちゅうではないけど、ジャンクフードもスナック菓子も食べる。甘い物も好き。昨日は生クリームとイチゴジャムたっぷりのワッフルをたべて大満足。むしろそういうのが好き、ってことをお話をすると、こだわりのある方は「塾長、信じられない(゚д゚)!」って顔をする。

そんな無頓着でもここ10年近く風邪をひいていない。インフルエンザは生まれてこの方かかったことがない、というのがプチ自慢でもある。体重も痩せもしないけど太りもしない。40歳を超えているので、それなりに疲れたりするけど病気っていう病気はとくにない。

 

健康に気を使い、食にこだわっているのにそれでも病気になる人が世の中にはいる。あれこれ食生活に気を使って食べたいものを我慢して過ごしてきたのになんで病気になるのか、と嘆く方がいる。逆に、塾長のように無頓着で好きなもの食べたいものを食べているのに病気にならない人もいる。

チャラカ・サンヒターにこの点に関してこんな説明をしている。

よい食物だけを摂取している人々には、食物を原因とするような病気は起こらない。しかし、またよい食物を摂っているというだけですべての病気の心配がなくなるというわけでもない。なぜなら、悪い食物を食べることがなくても、他にも病気の原因があるからである。

例えば、季節を誤ること、判断力の誤り、あるいは自分の心身になじまない音、皮膚感触、色、味、香との接触など。これらも病気の原因である。たとえ食物のよいところを摂取しても人を病気におとしいれる・・・

                    (チャラカ・サンヒター 第1巻28章7)

健康によい食物を食べることに超したことはないけど、病気の原因はその他にもたくさんあるよ、と教えている。

アーユルヴェーダはドーシャ(ヴァータ、ピッタ、カパ)がバランスを崩すことで病気になると考える。その理屈で考えると健康によくないとされる食物でもドーシャのバランスを崩さなければ別に問題ないのである。健康によい食物でもドーシャのバランスを崩すものもある。体によいされているものは消化のよいものが多い。消化によいものは軽性である。軽性のもはヴァータを増やす。ヴァータが増えると多くの病気にかかりやすくなり重症化しやすい。それから、感覚器官の使い方を間違えることでドーシャのバランスを崩す。

その他にも場所や季節、食べ合わせ、食物の力、量を誤ること、肥りすぎ、痩せすぎ、肉や血液や骨が十分についていない場合、体力がない、不適当な食物で身体が形成されている場合、栄養が十分に行き渡っていない場合、精神力が不足している場合も病気に抵抗できないとされている。

 

それから、アーユルヴェーダのおもしろいところは、知恵の欠陥よって欲や無知に食物を摂取することはよくないとされていて、判断力の誤りや精神力の不足で病気になると考えるとこ。

巷で流行っている健康食品に飛びつく日本人は多い。それが日本人の自分の体質や日本の季節にあっているのか、そもそもその健康食品を食べる必要が自分にあるのか・・・なんてことを考えもせずに飛びつく。これこそ判断力の誤りだね。正しく判断するには知恵や知識が必要。

それから「こだわりすぎること(執着)」は病気の原因になる。人が何を食べているのかが気になったり、自分はこんなに体にいいものをたべているのに、塾長ったらジャンクフードなんて食べて信じられない、なんて思うことも病気の原因。あと食べたいのに無理に我慢するのもよくない。我慢はストレスがたまる。執着、人と自分を比べること我慢もドーシャが乱れることなのだ。

 

ドーシャが乱れることが病気の原因となるのであれば、どうやってドーシャを乱さないようにすればよいのか?方法の一つとしてはあれこれ気にしないことである。

 

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アーユルヴェーダの食事 〜キノコは食べてはいけない⁉︎〜

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

最近「キノコはアーユルヴェーダ的には食べてはいけない食べ物ですか?」とよく質問される。

「キノコ」は現代的には、食物繊維が豊富で低カロリー、ビタミンDが豊富で健康に良いとされ、抗がん作用もあるとも言われている。味も美味しいし、価格も安いしいろんな意味で優秀な食材の一つである。そんな優秀な食材のキノコがなぜアーユルヴェーダではよくないとされているのか?

アーユルヴェーダではキノコ(菌類)は、アーマ(未消化物)を溜める、アレルギー症状がでる、意識に傘をかぶせるので解脱の道を邪魔する、なんて言われている。こんな風に言われると、素直なアーユルヴェーダ実践者はすぐにキノコを毛嫌いして食べるのをやめてしまう。

食べ物を毛嫌いする前に、なぜアーユルヴェーダではキノコが食べない方がよいとされているのかを考えて欲しい。

 

キノコはご存知のとおり「毒」のあるキノコもある。毒キノコか、食べられるキノコかを見極めるのは相当難しい。うっかり食べたら死んでしまう毒キノコもたくさんある。前回のヨーグルトの時にも書いたけれど、アーユルヴェーダのできた時代は、人々の死は国の存亡にも関わるので「死」の危険性がある食べ物は食べて欲しくないわけだ。

最近は写真を撮って毒キノコかそうでないかを判別してくれるスマホアプリがあるそうだけど、アーユルヴェーダのできた時代は、そんなアプリはもちろんないし、キノコ図鑑があるわけでもないので神の教えでもあるアーユルヴェーダで「食べない方がよい」としてみんなが食べないように注意を促した可能性が考えられる。

それから、キノコの中には「催眠作用」や「幻覚症状」があらわれるキノコもある。こういったキノコが祭祀をするのに重要になってくる。アーユルヴェーダの元になるヴェーダの宗教では、聖仙(リシ)といわれる人達が「ソーマ」という霊薬を飲んでハイな状態になり、ふつうの人が聞けない神の声を聞いてこの世に伝えるということをしていた。その霊薬が「ベニテングダケ」というキノコを圧搾した抽出物だったのではないか、という説がある。

ベニテングダケを食べると酩酊状態になったり、多幸感が得られたり、幻覚があらわれるとされている。現代人はハイになっている人がいたら「やばいヤツ」と思ってしまうけど、昔の人からしたら、幻覚症状が出て神の言葉らしきことを言っていれば「これはすごい」と信じてしまっても仕方がない。

祭祀ができる人というのは特別な人たちでもあり、時代を経てカースト制度の一番上の階級になっていく。しかも、リシたちは経済活動をしていなかったので、祭祀の時のお布施などで生活をしていくので、ありとあらゆる人たちがキノコを食べて「ハイ」な状態になって神の声を聞こえてもらっては困るのだ。なぜなら自分たちの特別性がなくなって失業の危機になってしまうからだ。そのため、自分たちの職を脅かされないように「キノコ(菌類)は食べない方がよい」とした可能性も考えられる。しかも、ベニテングダケは味は美味しいらしいので、みんなが美味しいことを知ってしまって、たくさん食べられてしまい取れなくなっても困るわけだ。そういう時代背景を考えると、なぜキノコが食べてはいけないか、という理由を自然と理解できるはず。

 

日本はキノコ大国でもある。山が多く、雨もそこそこ降り夏は高温多湿なので、キノコが繁殖しやすい環境である。日本人にとってはキノコは珍しい食べ物ではなく、ごくごく当たり前に食べている。焼いたり、煮たりする以外にも、出汁として使ったり、乾燥させて保存食として食べ、命を繋いできた歴史がある。

何度も言うけれど「食べ慣れたモノを食べること」「その土地のモノを食べること」を推奨しているアーユルヴェーダ。キノコを食べてはダメなのか、良いのかは自分で判断してください。

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↑ベニテングダケ(けっこうかわいい)

 

 

 

 

病気は鬼にとり憑かれた!?

こんにちは。アーユルヴェーダ塾 ジュニャーナの塾長です。

 

アーユルヴェーダには8つの診療科目がある。その中に精神科がある。精神科を別名「鬼神学(きしんがく)」と言ったりもする。精神の病気を鬼や悪魔といった「なんだか得体のしれないモノにとり憑かれる」といった解釈をアーユルヴェーダはする。

誤解のないようにいうと精神の病気だけを「とり憑かれる」と考えるのではなく、医学がまだ成立していない何千年も前はどんな病気でも「なにかにとり憑かれた」と考えて呪術で祓いのけていた。呪術といってもオドロオドロしいものではなく、祈りや日本でいう「痛いの痛いの飛んで行け〜」みたいなおまじない的な感じかな〜(なかにはオドロオドロしいのもあるけど、、、(・・;))アーユルヴェーダができあがってもまだまだ解明されていない病気はたくさんあるので、精神の病気に限らず、よくわかんない病気は鬼や悪魔が取り憑いと考えているのだ。

呪術は誰でもできるわけではなく、日本的に言うと神社の神主さんや祈祷師さんのような人がやってくれる。

ちなみに、そういった人達がいろんな葉っぱやら動物の骨やらを飲ませてみたり、つけてみたり、アレコレ試したりしながら医術を身に付けて医者へと変化していき、医学が成立していったのだ。

 何千年も前は病気の原因や治療法がわからなかったわけだから、病気を「何かにとり憑かれた」と考えるのは不思議ではない。

本当に鬼やら悪魔にとり憑かれていたのかは塾長にはわからないけど、現代的に考えると細菌で起こる感染症はある意味「ウィルスにとり憑かれた」とも言えるよね。

病気を「何かにとり憑かれた」と考えるならば、病気にならないためにはどうすれば良いのか?

答えは簡単。

「とり憑かれない体」を作れば良いわけだ。現代的に言えば「免疫力」だね。免疫力が強ければ病気にならない。

 わかりやすいのが食中毒やインフルエンザ。食中毒は同じ物を食べても症状が重い人、軽い人がいるよね。もしくはまったく症状がでない人もいる。免疫力の弱いお年寄りや子どもは重症化しやすい。インフルエンザも予防注射をしてもかかる人はかかるし、予防注射していなくてもかからない人はかからない。この差は免疫力や体力の違いだよね。

食中毒やインフルエンザのような感染症にならないためにはどうしたら良いかな?

はい、簡単!!

「予防」だよね。予防注射もそうだし、自分で出来ることもたくさんある。清潔にするために手洗い、うがいもそうだし、栄養のある食事、睡眠、ストレスをためない、適度な運動で体を強くすること、、、たくさん予防策があるよね。アーユルヴェーダで言えばディナチャリア(1日の過ごし方)を実践することに通じる。

 

では、精神の病は「何かにとり憑かれた」状態なのか?たしかに、「不安」「怒り」「ストレス」「負の感情」「死への願望」「パニック」のように、むくむくとどこからか湧き上がる感情や自分で自分をコントロールができない感じは、何か得体が知れないモノにとり憑かれた感があるよね。

 

じゃ、「精神の病」も「なにかにとり憑かれる」と考えるならば精神の病にかからないようにするにはどうしたらよいか?

感染症の予防のように「心の免疫力を強くして予防」をすれば「とり憑かれない」のだ。

そうは言っても心の免疫力を強くしたり予防するにはどうしたらよいのか?

アーユルヴェーダはちゃんと答えを教えてくれる。精神の病の治療法は「信頼できる聖典を学び、正しい知識を学べ」と言っている。

聖典を学ぶとはアーユルヴェーダを学ぶこともそうだし、インドにはたくさんの聖典があるので自分が気になる聖典を学べばいい。

塾長はインドの聖典だけではなくても知識は心を救ってくれると思っている。ストレスを解消するための知識、考え方を変える知識、仕事を効率化する知識、、、なんでもいい。何かにを学ぶことで救われることがある。

塾長は仕事がなかなか終わらなくてメンタルが崩壊寸前な時期があったの。そんな時にパソコン教室に行くチャンスがあって、パソコン教室に行ったの。パソコンはそこそこ自信があったんだけど、改めてパソコン教室で学んだら、目からウロコの知らないやり方がたくさんあって仕事の効率化に成功。サクサク仕事がすすんでストレスがなくなったの。

今、自分が持っている知識を過信せず、新たな知識や今まで知らなかった世界の知識を学ぶと物の見方や考え方がかわり救われることがある。とり憑かれていたモノがすっーと消えるかもしれない。

今、心に何かある方、人生に行き詰まっている方、変わりたいと思っている方、、、何か今までにない「知識」を身につけることで、何かが変わることもある。

ただし!「素直な気持ち」で学ばないと意味がない。「そんなの知ってる〜」「何を今更」なんて言ってると何にも変わらないよ〜

 

季節の変わり目ですし「得体のしれないモノにとり憑かれない人生」を送りましょう( ̄▽ ̄)