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アーユルヴェーダ塾ジュニャーナ塾長日記

アーユルヴェーダについて学ぶアーユルヴェーダ塾ジュニャーナを主催している「塾長」が古典書にもとづいたアーユルヴェーダのお話を日々綴っています。

しっくりいくのはどっちだ?

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

 

アーユルヴェーダの本を読んだり、入門講座などに行くとまず始めに説明されるのが「アーユルヴェーダ」という言葉の意味である。

アーユルヴェーダというのは、インドのサンスクリット語という言葉の「アーユス」という言葉と「ヴェーダ」という言葉がくっついて「アーユルヴェーダ」という言葉になったのですよー、とたいていの人は教えられる。

そして、「アーユス」は「生命」、「ヴェーダ」は「科学」という意味で、アーユルヴェーダを日本語に訳すと「生命の科学」ですよー、と説明される。

 

塾長は以前からこの「生命の科学」という訳がなんかしっくりいかない。

なんかわかったような、わかんないような訳である。アーユルヴェーダを学んで行くとますますこの「生命の科学」という訳に違和感を感じる。

 

「科学」を英訳するとScience(サイエンス)である。「科学」という言葉をイメージすると塾長はどうにも「でんじろう先生」がやっている理科授業の実験みたいなイメージになってしまう。アーユルヴェーダとでんじろう先生はどうにもこうにも結びつかない(でんじろう先生は好きだけどね(*´ω`*))

 

Scienceには「科学」という意味もあるが「技術」という意味もある。アーユルヴェーダは医学なので医学を「病気を治す技術」ととらえても間違えではない。

それでも「技術」という言葉にも違和感を感じる。日本人のイメージする「技術」は手や道具をつかって何かを作り出したり、直したりするイメージが強い。

確かに、アーユルヴェーダでも外科的な処置をするので、それは「技術」である。

オイルトリートメントやシロダーラのやり方やオイルのつくり方も技術である。

でも、それらはアーユルヴェーダのごくごく一部でしかない。これらの「技術」をアーユルヴェーダであると勘違いされては困る。

 

Scienceの語源はラテン語のScientia(サイエンティア)から派生した言葉である。ScientiaはさらにScioという「知る」という言葉から派生し意味は「知識」である。

 

また、アーユスの語源は「イ」という言葉で、行く、生きる、到達する、赴くなどという意味がある。

 

チャラカ・サンヒターなどのアーユルヴェーダのテキストを読むと、もちろん技術的なことも書かれてはいる。

しかし、それよりかは「この人生をいかにして生きるか」「よりよく生きていくためにはどうしたらよいのか」「真の幸福を得るためにはどうしたらよいか」というような哲学的、道徳的内容の方が多く、そして深い深い意味がある。

それらの深い意味を知り、心にとめおきながら生きることで病気を防いだり、病気を治して、心穏やかに生きることが大切である、ということを読み取ることができる。

 

アーユルヴェーダを「生命の科学」と訳すよりかは「生きるための知識」や「よりよく

生きるための知識」などと訳したほうが非常にしっくりする気がするのである。

 

さて、みなさんはどちらの訳がしっくりすると思いますか?

それから、もっともっとアーユルヴェーダのよい訳があったら教えてくださいねー。

 

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アーユルヴェーダで病気は治らない!?

アーユルヴェーダ

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

 

アーユルヴェーダに限らず、日本では伝統医学を現代医学では治せない病気の「最後の砦」として考えている人が少なからずいる。

アーユルヴェーダや伝統医学信奉者にはぶん殴られるかもしれないけど正直に言おう。

 

「こじれてしまった病気」は伝統医学では治せません!

 

例えば、風邪を引きそうなだな、会社を休むほどじゃないけどなんかダルいなぁ、って時に栄養のあるものを食べ、葛根湯を飲んで、さっさと寝れば翌日には良くなっている場合は多い。

けれど、高熱がバンバン出てて喉も腫れ、節々が痛くて、ご飯も食べられない、身動きも出来な状態なのに葛根湯をチマチマ飲んでても治らない。さっさと近所の病院へ行っって抗生物質でももらってきなさーい、っと声を出して言いたい。

 

現代医学の治療ができない程にこじれてしまった病気を伝統医学で治そうってのは無理がある。そんなことができたら現代医学なんていらない。みんな伝統医学で治療すればいい、ってことでしょ。

チャラカサンヒターにも病気には治る病気と治らない病気もある、ってハッキリ言っている(チャラカサンヒターの時代には治せなくても現代医学で治せる病気もあるケド)アーユルヴェーダや伝統医学は万能ではない。もちろん現代医学も万能ではない。医学は完璧ではないからね。

なんでアーユルヴェーダや伝統医学を「最後の砦」と信じる人がいるかというと、アーユルヴェーダや伝統医学をとりいれたら劇的に症状が軽くなったり、QOLが向上する場合や治る場合もあることにはある。それをアーユルヴェーダや伝統医学のおかげ!と宗教のように信じてしまい拡散する人がいる。それは絶対にやめて欲しい。今まで続けてきた治療の効果がたまたま伝統医学を取り入れ出した頃から出てくる場合もあるし、たまたまその人にアーユルヴェーダや伝統医学があっただけで、病気や体質はみんなちがうのだからみんなおんなじことがあてはまるわけではない。

特に今の日本ではアーユルヴェーダの本格的な治療を受けることはできない。アーユルヴェーダの治療を取り入れている病院もあるにはあるけど全国の人が地理的な面や経済的な面で気軽に受けれるわけではないし、日本の医師免許をもったドクター=(イコール)アーユルヴェーダドクターというわけではないし日本ではできない治療もたくさんある。

 

現代医学は現在ある病気を治療したり症状を鎮静化することがメインだけれども、アーユルヴェーダや伝統医学は現代医学と同じ側面もあるけれどメインは「病気にならなための身体をつくる」こと。特にアーユルヴェーダは身体だけはなく病気にならないための「精神(心)」も重要視していること。「心」が変わると行動がかわる。行動がかわると「身体」も変わる。たとえ病気になってしまったとしても、アーユルヴェーダの治療が受けられなくても「精神(心)」をかえることは誰でもできる。むしろ、「精神(心)」の治療は自分にしかできない。それからアーユルヴェーダでは「なぜ病気になるのか」ということも教えてくれる。それらを学び自分を振り返り、自分の心もみつめることもできたら、もしかしたら何かが変わるかもしれない。

 

病気の治療としてアーユルヴェーダを取り入れるのであれば、よく現代医学の先生と相談すること。そして信頼できるアーユルヴェーダドクターをさがして欲しい。日本人のアーユルヴェーダドクターもいるからね。全国のアーユルヴェーダセラピストのみなさんには申し訳ないけど、セラピストはドクターではないからくれぐれも相談をする人を間違えないようにね。ご存知だと思うけど、塾長もドクターではありませんので病気の相談はできませんのであしからず~( ´・ω・`)ノ~

 

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アーユルヴェーダを学ぶ本当の意味

アーユルヴェーダ

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

アーユルヴェーダは医学なので身体を健康にしたり、病気を予防したり治療する方法を教えてくれる。

けれど、本当の学ぶ意味は「自分は自分らしくどう生きていくか」ということを知ることにある。アーユルヴェーダは「あなたは〇〇をやって生きていきなさい!」なんて直接的な答えはだしてくれない。

けれど

「自分がどう生きたいのか」

「自分はどうしたいのか」

「自分はどうありたいのか」

ってことをみつけるためのヒントをたくさんだしてくれる(そのヒントをキャッチできるかできないかにもよるけど。。)

でも、キャッチできたところでヒントだけなので自分でう~ん、う~んと唸りながら悩みながら答えをみつけなければならない。自分に向き合うのは苦しいし、しんどい。でも、自分に向き合わなければ、本当の自分はわからない。

アーユルヴェーダって不親切だな、と思われるかもしれないけど、人に「こうしなさい」「あぁしなさい」って決められた人生は続かない。

いずれ「私のやりたいことはそうじゃない、なんか違う」って思う日がくる。自分で考えに考えに決めた人生ならそんなことは思わないし、迷いなく自分の道を進んでいける。だから自分に向き合い、自分で考え、自分で答えを出さなくてはいけないのだ。

そして「こう生きる!」って決められたら、健康でなければならない意味が心底理解できるようになる。健康でなければ自分のやりたいこと、自分がやるべきこと、叶えたいことを叶えられないって強く感じられるようになる。そこで、アーユルヴェーダを実践する意味がわかる。

アーユルヴェーダのオイルうがいとか、舌掃除って続かないんですよね~」という人がいるけど、ただ流行りだから、ネットで良いって言ってるから、芸能人がやっているからでアーユルヴェーダを実践しょうっていう人には、なぜ健康でいなければならないのか、っていう本当の意味に気づいていない。そういう人にはアーユルヴェーダは続かない、というかアーユルヴェーダに限らずなにも続かない。ただ流行りにのかっているだけの人生で終わる。 

 

 

悲報 体質は改善しない

アーユルヴェーダ

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

 

アーユルヴェーダで体質改善!」なんてうたっているサロンは多いし、体質改善するためにアーユルヴェーダをがんばっている方も多い。

 

がんばっている方々には残念なお知らせですが、チャラカサンヒターでは「体質は一生変わらない」と言っている。「えー、アーユルヴェーダで体質変わりましたよ」と言う方もいるかもしれない。チャラカサンヒターでは「もし、体質が変わるとしたら、死の直前かもしれない」と言っているので、体質が変わった方は死ぬよ、ってことになる。

 

体質は一生変化しない。カパ体質の人は一生浮腫みなどのようなカパの問題に悩まされ、ピッタ体質の人は一生炎症しやすといったピッタの問題に悩まされ、ヴァータ体質の人は一生皮膚の乾燥といったヴァータの問題に悩まされのだ。体質は弱点ともいえる。

 

アーユルヴェーダで体質改善した、という方はアーユルヴェーダで体質が改善したのではなく、アーユルヴェーダの理論で体質による弱点が出ないように対処した結果でしかない。もし、対処をやめてしまえば、また体質による弱点に悩まされる。

人の寿命は400年!?

アーユルヴェーダ

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

 

先日、アイドルの18歳のお嬢さんが急死したというニュースに衝撃を受けた。数日前には家族旅行をしたぐらい元気だったとか。。ご家族、メンバー、友人、ファンの方の悲しみは深いことでしょう。ご冥福をお祈りします。

 

このニュースを聞いた時に人の寿命のことを思い出した。チャラカサンヒターの注釈者のチャクラパーニダッタによると人の寿命は昔は400年であり、この時代を金の時代といい、銀の時代、銅の時代と順番に100年ずつ短くなり、現代は鉄の時代といい寿命は100年と言っている。

2015年の日本の平均寿命は83.7才。女性は86.8才。100才オーバーは6万人以上いるそうだ。チャクラパーニダッタがいう100歳というのは日本人においてはまぁまぁあてはまっているような気がする。

ちなみにインドの平均寿命は68.3才。世界の125位(2015年)。意外と短い。

 

チャラカサンヒターでは、健康な人は正しく身体をメンテナンスをして、強壮剤などを飲用していれば天寿をまっとうし自然と死を迎える。でも、身体を酷使すれば身体が頑丈な人でも寿命を迎える前に死んでしまうとある。そりゃそうだ!って感じだよね。

 でも、アーユルヴェーダでは身体を大事にしていれば100歳生きられるのかと言ったらそうではなくて「前世の行為」によって寿命が定められている場合もある、ともいってる。悪徳詐欺集団が使う「あなたのその病気は過去のカルマですね。このツボは〇〇万円で買えば・・・」なんていうやつだ。日本では「前世の行為」とか「カルマ」とかいうと、たいてい悪いことしかいわない。別に悪い行為をしたからって早く死んでしまうわけではなくて、よい行為をして、もうこの世でやることがないからさっさとこの世からおさらばしちゃう人だっているわけ。お金儲けするには悪いことを言うのが一番だからねー。アーユルヴェーダを勉強すると詐欺にはあわなくなるよー。

話はそれたけど、みんながみんな「前世の行為」によって寿命が決まっているかといったらそんなことない。だって、みんな「前世の行為」で寿命がきまっていたら、アーユルヴェーダなんて必要ないし病院だって健康法だって必要がない。来るべき時が来るのを待っていればいいのだから。

「前世の行為」で決まった寿命ではない人もいる。そういう人がほとんど。決まってない人はきちんとメンテナンスしていれば100歳以上生きられる可能性が十分にある。もしかしたら、400年も行けるかもしれないよヽ(´▽`)/

じゃあ、自分は「前世の行為」で寿命が決められているのか、もしくは決められていないのか。区別するにはどうしたらよいのか?

それは「結果」によってのみ確認されるそうだ。

要するに死んでみないとわからない、ってことだ。

 

人は絶対に死ぬ。でも、いつ死ぬかなんてだれにもわからない。

じゃ、どう生きるか?

 

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体にいいものを食べても病気になる

アーユルヴェーダ

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

 

アーユルヴェーダを教えていると健康や食にこだわりをもつ人によく出会う。「健康のために野菜は国産の有機野菜で調味料はオーガニックのものを取り揃えています!スパイスもたくさん持っています!」って自信満々で教えてくれる。

それから、こだわりのある方からは「塾長はどんな食事をされていますか?」とこれまたよく聞かれる。アーユルヴェーダを教えているぐらいだから相当なこだわりをもって健康的な食事をしていると思われるらしい。

残念ながら塾長はごくごく普通。むしろ無頓着。

有機野菜とかオーガニックがどうとか気にしない。食材は近所のイトーヨーカドーで買っている。あえていうなら、旬の野菜や魚を選んではいるけど。アーユルヴェーダでも旬の物を食べるのはよいとされているし、旬の物は美味しいし栄養も豊富。それになんてたって家計に優しい。

安いといえば福島県産でも普通に食べる。放射性物質がどうとか言う方もいるけど気にしない。体力も時間も技術も知識もないのでボランテイアなどできないので、福島県産を買って食べることで福島の方々や被災地に少しでもお役にたてるならそれでよいと思っている。福島県産を食べて病気が発症するのであれば、毎日食べているわけでもないし病気を発症する頃には違う病気になっているか死んでるわい!と思っているので気にしない。高い食材を買って家計を圧迫する方がよっぽどストレス。しょっちゅうではないけど、ジャンクフードもスナック菓子も食べる。甘い物も好き。昨日は生クリームとイチゴジャムたっぷりのワッフルをたべて大満足。むしろそういうのが好き、ってことをお話をすると、こだわりのある方は「塾長、信じられない(゚д゚)!」って顔をする。

そんな無頓着でもここ10年近く風邪をひいていない。インフルエンザは生まれてこの方かかったことがない、というのがプチ自慢でもある。体重も痩せもしないけど太りもしない。40歳を超えているので、それなりに疲れたりするけど病気っていう病気はとくにない。

 

健康に気を使い、食にこだわっているのにそれでも病気になる人が世の中にはいる。あれこれ食生活に気を使って食べたいものを我慢して過ごしてきたのになんで病気になるのか、と嘆く方がいる。逆に、塾長のように無頓着で好きなもの食べたいものを食べているのに病気にならない人もいる。

チャラカ・サンヒターにこの点に関してこんな説明をしている。

よい食物だけを摂取している人々には、食物を原因とするような病気は起こらない。しかし、またよい食物を摂っているというだけですべての病気の心配がなくなるというわけでもない。なぜなら、悪い食物を食べることがなくても、他にも病気の原因があるからである。

例えば、季節を誤ること、判断力の誤り、あるいは自分の心身になじまない音、皮膚感触、色、味、香との接触など。これらも病気の原因である。たとえ食物のよいところを摂取しても人を病気におとしいれる・・・

                    (チャラカ・サンヒター 第1巻28章7)

健康によい食物を食べることに超したことはないけど、病気の原因はその他にもたくさんあるよ、と教えている。

アーユルヴェーダはドーシャ(ヴァータ、ピッタ、カパ)がバランスを崩すことで病気になると考える。その理屈で考えると健康によくないとされる食物でもドーシャのバランスを崩さなければ別に問題ないのである。健康によい食物でもドーシャのバランスを崩すものもある。体によいされているものは消化のよいものが多い。消化によいものは軽性である。軽性のもはヴァータを増やす。ヴァータが増えると多くの病気にかかりやすくなり重症化しやすい。それから、感覚器官の使い方を間違えることでドーシャのバランスを崩す。

その他にも場所や季節、食べ合わせ、食物の力、量を誤ること、肥りすぎ、痩せすぎ、肉や血液や骨が十分についていない場合、体力がない、不適当な食物で身体が形成されている場合、栄養が十分に行き渡っていない場合、精神力が不足している場合も病気に抵抗できないとされている。

 

それから、アーユルヴェーダのおもしろいところは、知恵の欠陥よって欲や無知に食物を摂取することはよくないとされていて、判断力の誤りや精神力の不足で病気になると考えるとこ。

巷で流行っている健康食品に飛びつく日本人は多い。それが日本人の自分の体質や日本の季節にあっているのか、そもそもその健康食品を食べる必要が自分にあるのか・・・なんてことを考えもせずに飛びつく。これこそ判断力の誤りだね。正しく判断するには知恵や知識が必要。

それから「こだわりすぎること(執着)」は病気の原因になる。人が何を食べているのかが気になったり、自分はこんなに体にいいものをたべているのに、塾長ったらジャンクフードなんて食べて信じられない、なんて思うことも病気の原因。あと食べたいのに無理に我慢するのもよくない。我慢はストレスがたまる。執着、人と自分を比べること我慢もドーシャが乱れることなのだ。

 

ドーシャが乱れることが病気の原因となるのであれば、どうやってドーシャを乱さないようにすればよいのか?方法の一つとしてはあれこれ気にしないことである。

 

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アーユルヴェーダはやめられない

アーユルヴェーダ

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

アーユルヴェーダを深めるために インドの哲学とインドの歴史を学び直したいな、と思っていたら、とあるきっかけで、みっちり学ぶ機会に恵まれた。新たな発見もあり、よい出会いだった。

アーユルヴェーダは前に書いたけど不思議な不思議な力があって、学びたい!と思うと学ぶ機会や縁を与えてくれる。それをキャッチできるかは自分次第。キャッチできるとアーユルヴェーダはいろいろな事を教えてくれる。そして、新たなご縁も結んでくれる。

 

もし今、アーユルヴェーダを学ぶたいと思っているけど、どうするか迷っている方。ぜひ、学び始めてみて。 あっ、塾長の講座じゃなくていんだよ。気になる学ぶ機会があるならなんでもいい。何かが変わるよ。ミラクルが起きる場合だってあるかもしれない。

 

アーユルヴェーダは不思議な力を本当に持っている。

だからやめられない。