アーユルヴェーダ塾ジュニャーナ塾長日記

アーユルヴェーダについて学ぶアーユルヴェーダ塾ジュニャーナを主催している「塾長」が古典書にもとづいたアーユルヴェーダのお話を日々綴っています。

年齢なんて取るに足らない

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

 

日本人は年齢にとらわれて過ぎているような気がする。

 

◯歳までには結婚しないと

◯歳までには子供を産まないと

◯歳だから諦めた

...などなど

 

日本とは逆にインドは年齢はあまり気にならないようだ。

日本のように戸籍制度や国勢調査の制度が整っていないと言うのもあるが、

自分の年齢がよくわからない人、

自称123歳とかホントかいな?

と言う人がザラである。

 

年号などもあやふや。

あのインドが生んだ偉大な方ブッダでさえ生誕年がはっきりわからない。

ブッダがいつ生まれたのか論争がはじまったのはごく最近のこと。

しかも、インド人が言い始めたのではなくインドや仏教研究をはじめた西洋人だそうだ。

インド人は別にブッダがいつ生まれたのかなんか気にせず何千年もきたのだ。

 

聖典もたくさんがある。

しかし、いつ頃書かれたものなのかはっきりわからないものばかり。

 

いつ生まれたか、いつ書かれたかなんてどうでもよいのだ。

立派な教えを説いた人であるかや書かれた内容が大切なのだ。

要は『中身』が大事なのだ。

 

かと言って数字をないがしろにしているわけではない。

インド占星術では生年月日はもとより生まれた時間も場所(緯度経度)まで重要視している。

ゼロを発見したのはインド人だ。

インド式算数もあり数字にはやたら強い。

縁起のいい数や日にちなども大事にしている。

 

時間の概念も古代インドからある。

早くから時間をカーラといい神格化した。

カーリーというインドの神様がいるがカーラが語源だ。

秒、分、時間、年はもちろんだがカルパ(劫)という単位がある。

計算方法がいろいろあるのだが1カルパは約43億年でブラフマー神の1日が1カルパでありブラフマー神の1年は720カルパ。

約311兆年らしい。

そんなとんでもない年数からみたら人間の年齢なんて取るに足らないものなのであろう。

 

また、輪廻転生を信じているので歳くって死んでもまた生まれ変われば若くなるやん、と思っていてるのかもしれない。

創造、維持、破壊というサイクルが生まれ、生き、そして死を向かえるサイクル人にもあり、

これをずっと繰り返し続けていると信じれば、今の年齢などに意味を感じないのかもしれない。

今の年齢のことや今世の未来よりも来世に人間に生まれ変わることの方が重要なのかもしれない。

 

様々な理由で日本人と数や年齢の捉え方が違うのだろう。

 

年齢は実生活をする上で人間が便宜上作ったものでしかない。

年齢にとらわれ過ぎて自分を苦しめない方がいい。

 

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カーリー神

マカラ・サンクラーンティ

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

 

今年は〇〇をやるぞ!

今年は✖️✖️をやめるぞ!

などと新年の決意をした方も多いのではないだろうか?

しかし、

早々に挫折した方もいるのではないだろうか。

そんな方は安心してください。

1月14日はインドの祝祭日マカラ・サンクラーンティ。

吉祥な日とされインドの冬至にあたり太陽が北方に回帰を始める。

冬から春、春から夏へと向かっていく。

畑を耕し種をまく時期。

本格的な始動ではなく本格的な始動をする前の準備を始める時。

新たな決意でスタートを切っていただければと思う。

 

マカラ・サンクラーンティは収穫を祝う日でもある。

この一年で収穫した作物に感謝する。

得た知識や知恵にも感謝する日。

特に昨年は新型コロナウィルスによって大きな変化があった。

得たことがあったのではないだろうか。

この一年で得たことを活かし新たな種を撒こう。

一年後のにマカラ・サンクラーンティどういう収穫を得ていたいかを想像して種を撒いてみよう。

 

大きな目標がある方もいるだろう。

今年が勝負の年の方もいるだろう。

逆に

今年はゆっくり過ごす、

現状維持、

でもいいと思う。

それも立派な1年の目標である。

 

人には人それぞれ時期がある。

頑張る時期、

のんびりする時期、

様々だ。

他者は気にせず自分のやるべきことをやればいい。

 

ただ、

今年は昨年に続き世界や社会に変化がありそうだ。

来年の今頃はまた違った世界になっているかもしれない。

目標をたてつつも変化に柔軟に対応することも必要かもしれない。

 

みなさんは今年はどんな種を撒きますか?

 

 

過去ブログ

『今やるべき課題に向き合う』

http://ayurvedacramshooljunana.hatenablog.com/entry/2019/09/24/123849

 

 

 

 

 

新年のご挨拶

新年あけましておめでとうございます。

アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

 

昨年は誰も想像もしないほど世界が大きく変化した年となりました。

皆様も生活に変化があったことでしょう。

辛いこともあったでしょう。

そんな中でも新たな発見や気づきがあったのではないでしょうか。

2021年はみつけた新たな発見や気づきを生活に活かしてより良い人生を歩んでほしいと思います。

まだまだ世界は変化していくでしょう。

心や体が変化についていかない時もあるでしょう。

ストレスが溜まることもあるでしょう。

不安や心配なこともあるでしょう。

そんな時に何かアーユルヴェーダやインドの叡知で皆様の心や体の助けになるよう微力ながら努力していこうと思っております。

 

本年もどうぞお付き合いください。

よろしくお願い致します。

 

皆様の体と心がシャンティーン(平安)でありますよう、そして幸福な人生であるよう心より祈念しております。

 

 

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感謝

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

 

2020年もいよいよ終わりですね。

今年は新型コロナウィルスの蔓延によって世界が大きく変わった1年でした。

みなさんの生活も大なり小なり変化があったのではないでしょうか。

 

肉体的、精神的、経済的にしんどい思いをした方もいたでしょう。

塾長のブログを読んでくださっている方、

講座に参加してくださった方の中にはアーユルヴェーダのサロンを経営されていたり、

ヨガを教えている方も多くいらっしゃるので厳しい年になってしまったのではないかと思っています。

もちろん、それ以外のお仕事の方も厳しい年になった方もいるでしょう。

子育て中の方や主婦の方、

介護中の方...

お子さまの休校、施設の休業、旦那さんのテレワーク、感染対策などでお忙しかったでしょう。

友人や家族と自由に会えなくなったり、

旅行ができなくなったり、

演劇やライブなどもなくなり楽しみが奪われた方も多かったでしょう。

本当にお疲れ様でした。

 

「みんなどうしているかなぁ、大丈夫かなぁ」と思いつつ、

なにかアーユルヴェーダやインドの智慧で助けになるようなこと、

元気づけられることはないかと模索していましたが、

自分自身も新型コロナウィルスによって生活に変化があり、

なかなかブログに手が回らず申し訳なく思っています。

来年は初心にかえっていい情報を発信できたら、と思っています。

 

寒い時期はまだまだ続き、

新型コロナウィルスの蔓延の懸念は払しょくできません。

それでも、

この冬を乗り越えればなにかしらの明るい兆しがみえてくると思っています。

 

楽しくて幸せな時は人は楽しいことに耽溺し考えず学びもありません。

逆に苦しい時、

辛い時に人は考えます。

いろいろな知恵もでます。

学びもあります。

学びは成長です。

この時を乗り越えると大きな成長があるでしょう。

この経験が今後の人生に役立つ時がくるでしょう。

人生に無駄なことなどありません。

激動の2020年をきっかけにみなさんが大きく飛躍されることでしょう。

 

肉体も心も両方が健康であることが真の健康です。

肉体はもちろんですが、

心も新型コロナウィルスに負けないように労わってあげてください。

 

2021年がみなさまにとってすばらしい年になるよう心から願っております。

 

今年もお読みいだだきありがとうございました。

 

 

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幸せは衣.食.住にあり

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

認められたい
愛されたい
リア充になりたい
お金持ちになりたい
などなど...

人は多くの欲望や欲求を抱えながら生きている。
しかし、欲望や欲求が叶えられず不満、怒り、不安などで心がモヤモヤしている。

この心のモヤモヤを解消し幸せに生きていく方法がある。

 

それは、
『衣.食.住』を丁寧に行うこと。

シンプルだが衣.食.住は人間にとって欠かすことができない大切なこと。
太古の昔から人間は衣.食.住をよりよくするために努力してきた。
人類が進化したのはこの衣.食.住を充実させるためにあらゆる知恵を絞ってきた。

 

寒さや暑さ、動物、毒虫、毒蛇、時には敵から身を守るために着る物を進化させた。

安定的に食べ物を得るために良い土地を探し土地を耕す道具を発明した。
洪水などの災害から農産物を守るために雲や星の動きを読み取った。
豊穣を願い祈りが捧げられた。

安全で快適に眠れるようにその土地の環境に合わせた住まいを作ってきた。

人間の幸せとは衣.食.住を豊かにすること。
仕事をしてお金を稼ぐのも衣.食.住を豊かにし幸せになるため。

 

しかし、
今の私たちはこの基本的な幸せである衣.食.住をないがしろにしている。
根本的な幸せを得ていないのにさらなる幸せを得ようとしても得ることはできない。

着るものはファストファッション

外出する機会が減りだらしない服。

 

食べるものはファストフードや簡単な食べ物。

季節を無視した食事。
スマホやテレビを見ながらなんとなく食べる。

 

掃除をせず物に溢れた部屋。
しめきった窓に開かずのクローゼットや段ボール。
万年床のベッド...

 

衣.食.住を軸として生きることが幸せになる1番の近道。
仕事や遊びを軸に生きても一時的な幸せしか得られない。

 

高級な服でなくても良い。
シワのない清潔な服を着ると気持ちがすっきりする。
自分に似合う長持ちする服を選ぶとたくさんの服を持つ必要がないし迷わない。
経済的で時短になる。

 

特別な料理でなくていい。
季節に合わせた旬の食材を使った料理を丁寧に作る。
旬の食材は生で食べてもシンプルに煮る、焼く、蒸すだけでも十分においしい。
栄養も豊富で価格も安い。
季節の食べ物は季節によるドーシャの乱れを整える。

 

家は常に清潔にし窓を開けて風通しを良くする。
カビやウィルスも防ぎ健康にもよい。
寝具は常に清潔にし心地よいシーツや布団にする。
睡眠は健康にとって重要なファクターの1つだ。

快適な睡眠を得るために寝具を整える事の重要性は最近よく言われることだ。

 

アーユルヴェーダでも清潔な衣類を着ること、花飾りなどのアクセサリーをつけること、

季節に合った衣類を着る事は進められている。

食事は季節に合った新鮮なものを食べること、
ドーシャに合わせた食事を食べること、

適量を食べること、

静かに食事をすることが進められている。


住まいは清潔にし季節に合わせた過ごし方をすることが健康に良いとされる。
またインド風水といって運気の良い家づくりも重要視される。
余談だが警察によると事件や事故と言った警察沙汰になるようなことがおきる家は汚い確率が高いそうだ。

衣.食.住を丁寧に行い充実させる事はアーユルヴェーダの実践でもあり健康に良いことでもある。

 

ただし、

衣食住を充実させる事で注意すべき点がある。
それは人に自慢したり誰かに認められたいと思ってやらないこと。
服や食べたもの部屋などをSNSであげて『いいね!』を得ようとしない。
そこに『いいね!』がないと怒りや不安が出て心がモヤモヤしてしまうからだ。
自分はこんなにおいしいご飯ご飯を作ったんだ、
こんなにきれいに家を掃除したのだから褒めてほしい、

わかってほしい、

認めて欲しいと思わない。
他人から評価されないと怒りや不満が湧き出てしまう。
衣.食.住を充実させる事は誰のためにやるものでもない。
誰かに評価されるためではない。
ただただ自分の幸せのために行うものである。自己満足で良い。


丁寧にアイロンがけをされた清潔な服を着て自分ってイケてる!って満足すれば良い。
栄養のある体に優しい料理を作って美味しい!って満足すればよい。
片付けられた掃除の行き届いたキレイな部屋でゆっくり過ごせばいい。
それだけでとても豊かで幸せな気持ちになる。

 

お家時間が増えている今こそ自分のためだけに衣.食.住を丁寧に行うことだけに集中しょう。
肉体的にも精神的にも運気的にも良い効果が必ずあるので是非、実践してみて欲しい。

 

休むことに罪悪感なんていらない

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

 

疲れがぬけない、

身体が重くてうごけない、

やる気が全くでない、

ただただ眠い…

というような日がないだろうか?

12月に入り今年もあと1か月、なんて言われると気持ちばかりがあせる。

疲れていてコレもアレもできなかった、

自分はなんてダメな人間なんだ、

と罪悪感にさいなまれる、というようなことはないだろうか。

 

身体しんどい時はさっさと寝よう。

とにかくなにも考えない。

罪悪感なんて感じる必要はない。

疲れない人間なんていない。

生きものは動けば疲れるようにできている。

活動したら休む、そしてまた活動をして休むを繰り返して生命を維持している。

疲れている、眠い、ということは身体が「休ませてくれ」とSOSを出している。

だから休む。

だから寝るのだ。

休むことに罪悪感なんて感じる必要がない。

生きものの自然な摂理だからだ。

自然な行動に反して眠らなかったり活動をするから身体を壊す。

寝ても寝ても疲労が抜けない場合は何か病気の可能性もあるので病院に行くべきだが、

健康な人間であれば年齢や生まれつきの差もあるが、

だいだい一晩寝れば疲労はとれる。

 

また、疲れていたり、身体が動かない時に無理に動くと注意力が散漫になっている。

そのため、失敗が増えイライラする。

そうすると周りの人にあたり散らかす。

余計な仕事も増え、人間関係も悪くなる。

非効率で肉体的、精神的に余計疲れるだけだ。

怒りはオージャスを減らしさらに生きるパワーが減ってしまう。

だからさっと寝るのだ。

そして、リフレッシュしてからやった方が効率がよく人間関係も悪くならない。

 

食事も食べたくなければ食べなくてもいい。

普段からきちんと食事を摂っていれば1食ぐらい食べなくても死なない。

ごはんを作りたくないけどお腹が空いて眠れなければナッツや果物だけだってかまわない。

必要最低限、明日以降困らない程度のことだけして寝よう。

虫歯になると痛いので歯磨きぐらいはしてさっさと寝よう。

風呂は入るのがしんどかったらそのまま寝てしまおう。

少々足が臭くても死にはしない。

次の日、元気になったら入ればいい。

服なんて脱ぎ散らかしておいても大丈夫だ。

寝て元気になったら片づけたくなるから大丈夫だ。

自分の身体の声をよくきこう。

自分の身体の声は自分にしかきこえない。

 

身体が元気になる一番の薬は睡眠だ。

 

このブログを読んで「あっ、自分のことかも」と思った方は今すぐブログなんて読むのをやめてさぁ寝よう。

おやすみなさい。

 

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アーユルヴェーダを車にたとえてみた

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

 

アーユルヴェーダに興味があるような方々は、

日々、一生懸命に生きている人が多い。

一生懸命に生きることはとても大切なことだ。

 

しかし、頑張りすぎてしまい体を壊していたり心が疲れている方も多い。

「手抜き第一!」の塾長にしてみれば「もっと気楽に生きればいいやん」と思ってしまうのだが『それができないから困ってるんだよ』と言いたい方もいるとだろう。

 

実は、塾長もアーユルヴェーダに出会う前は一生懸命に生きていたというか生きるのに必死だった。

会社や家庭のこと諸々が必死。

余裕がない人生を送っていた。

車の運転で例えると、

24時間エンジン全開でぶっ飛ばしていた感じだ。

朝から晩まで「どうすればいいのか?どうやったらうまくいくのか?」といつも考え、

周りの景色を楽しむ余裕などなく、

休憩することもなく走り続けているような感じだった。

さらには自分の走りに追従できない人には「遅い!何やってんねん!」とイライラして煽り運転をするヤカラみたいになっていた。

 

しかし、日々、エンジン全開で走りまくればエンジンの消耗は早いし壊れやすくなる。

運転手もずっとアクセルを踏み続け、

猛スピード走っていたら緊張しているので疲れる。

そして、ある時からアクセルを踏んでもエンジンが回らなくなった。

アクセルを踏みたくても足が動かず踏めない日が続くようになった。

「これはいかん」と思い、どうしたものかと思った時に偶然アーユルヴェーダに出会った。

運よく塾長は、

自分は壊れ始めているぞ、

自分は疲れているぞ、

と早めに気がついたので大事にはいたらず大事故を起こすことがなかった。

しかし、あのまま無理矢理壊れかけた車で、

さらに疲れた心で走り続けていたら壁に激突して死んでいたかもしれない。

もしくは、他人を巻き込んでもの大惨事になっていたかもしれない。

 

車を自分の「肉体」

車という肉体を運転する運転手は自分の「心」

だとする。

 

アーユルヴェーダによって、

肉体の整備をし肉体を休ませた。

イライラして荒い運転にならないように心を落ち着かせる方法を知った。

さらには、自分の車という肉体の特性を知りそれにあわせた運転方法を身につけた。

アクセルを踏んでがんばる時もあれば、

アクセルを緩めてゆっくり周りの景色をみたりすることもあれば、

疲れる前に休憩をすることもできるようになった。

車の特性や自分の運転の仕方の癖も知ることで、

それにあわせた運転をし、

休むことを知り、

無理なく車という肉体を運転できるようになった。

よく整備された車とよい心で運転をするとストレスがないように、

肉体と心のストレスが減り生きることが楽になった。

 

アーユルヴェーダは、

まず自分の車という肉体の特性や個性を知ることにある。

車にはいろんな種類がある。

軽自動車があればトラックもあればスーパーカーもある。

壊れやすい車もあれば、

壊れにくい車もある。

馬力も違ければ、

一台一台その車の個性や癖が違う。

今の車は性能がよくなったのであまりないのだろうが、

昔の車はよくエンジンから火がでたり、

エンジンを温めてから運転しないと壊れるので少し温める暖機運転をして車の様子をみながら運転したものだ。

その車に合わせた運転の仕方があるように、

自分の肉体に合った身体の動かし方がある。

あまり馬力がない身体なのか、

重い荷物を運べるトラックのような丈夫な身体なのか、

エンジンが温まるのに時間がかかる身体なのか、

すぐに加速できるのか、

少ないガソリンで走れる低燃費な車なのか、

それとも昔の来るのようにガソリンばっかりかかる車なのか

・・・などなど

車の特性を知って運転するのと同じように、

自分の肉体の特性を知り、

様子を伺いながら生活することがアーユルヴェーダの実践である。

 

そして、その車という肉体を運転するのは自分の心だ。

運転手の心の状態や癖が運転にはでる。

イライラすると運転が荒くなったり、

疲れたり悩みがあると集中力にかける人もいるだろう。

他人の運転が気になる人もいれば、

まわりの流れをおかまいなしにマイペースな運転の人いる。

自分の運転に慢心している人もいるだろう。

心の状態によっても事故を起こすこともあるように、

壁にぶつかったり病気になることがある。

塾長はほとんど運転しないが運転するとどうも左に寄って行ってしまう癖がある。

そのせいか物の見方もひねくれていて偏っているので、

なるたけまっすぐに物事をみるようにしている。

自分の心の状態によって自分の運転が変化したり、

心の癖があることも知ることもアーユルヴェーダである。

 

また、車は定期的なメンテナンスが必要だ。

洗車をしたり、

車検にだしたり、

壊れたら修理工場に修理にだす。

きちんとメンテナンスすることで、

大切に乗ることで長く乗ることができるる。

異常を早くみつけて対処することもできる。

女優の伊藤かずえさんがシーマという日産車を30年乗り続けているそうだ。

もともと日本の車は丈夫だが、

丈夫な上にとても大切に乗られているので30年も長く乗ることができるのであろう。

 

車と同様、私達の肉体もきちんとメンテナンスする必要がある。

車検という定期健診も必要だし、

壊れたら早めに修理という治療をすることも大切だ。

洗車のように身体を清浄にすることも必要だ。エンジンをばらしてオーバーホールするように身体の浄化も必要だ。

ちなみにセラピストさんやヨガの先生は、

お客様の車のメンテナンスのお手伝いや運転している人が疲れていたらその疲れを癒してあげる役割だ。

しかし、車が壊れてしまった場合には素人では直せない。

修理工場に預け専門の知識、技術をもった整備士さんに直してもらうように、

人間は病院にいってお医者さんに治してもらう必要がある。

そうやって肉体を大切にすることで長生きができる。

 

しかし、大切に乗っていても車は経年劣化する。

ボディに傷がついたり錆がでたり、

エンジンのかかりが悪くなることもあるだろう。

人間の身体もどんなに大切にしていても老化という経年劣化をする。

シワやシミがでてきたり、

昔の古傷が痛むこともあるし、

なかなか身体が思うように動かなくなってくる。

古くなったエンジンをバンバン吹かしたら壊れてしまう。

古くなったエンジンに合わせた優しい車の運転が必要になるように、

老化した身体に合わせた身体の動かし方もあるし、

メンテナンスはもっとマメにやらなければならない。

 

また、心という運転手も老化する。

判断力がにぶくなったり、

頑固になったりする。

車がどんなによくても運転手次第で大事故が起こる場合もある。

運転手という心の老化予防やメンテナンスも必要だ。

以前、高齢者による池袋での大事故があった。

車は世界のTOYOTAの最高級車。

まだ判決がでていないのでなんとも言えないが、

車の問題というよりかは運転手に問題があったのでは?と誰しもが思っていると思う。

運転手の身体の老化もあるだろう。

自分は大丈夫という慢心もあっただろう。

反対する家族の意見を聞き入れない心の硬さもあっただろう。

例えどんな性能のよい車でも、

それを運転する人に問題があれば事故はおきる。

生まれつき丈夫な身体を持っていても心に問題があれば、

事故がおきて車が大破するように自分の肉体も大破することもある。

逆に生まれつき丈夫な身体でなくても、

運転する人の心がちゃんとしていて判断力や心の柔軟性がちゃんとあれば、

丈夫ではない車という身体に合わせた正しい運転で問題なく進むことができる。

 

車は何回も買い替えることはできるが、

私達の肉体は買い替えができない。

肉体が滅びるまで乗り続けなければならない。

車という自分の肉体と向き合う方法、

常に安全運転ができるように運転手の心を常に平常心を保つ方法をアーユルヴェーダを知るとできる。

そして、長寿を目指すことができる。

 

メンテナンスされた良い車で、

車の特性を知り、

正しい運転ルールを守り

安全運転をしながら道路を走り目的地に到達する。

よくメンテナンスされた身体で、

平常心も保って、

社会のルール(ダルマ)を守り

生きていくのが私達の人生でもある。

そして、老化を送らせながら、その身体の寿命がくるまで身体と心を大切にしながら解脱という目的地に辿り着くことがアーユルヴェーダの目的である。

 

 

運転には休憩も必要だ。

疲れたら車を止めて寝てもいい。

サービスエリアで美味しい物を食べてもいい。

外の空気を吸うのもいい。

走り続けるだけではなく、

車と運転手つまり肉体と心を休ませよう。

今、走り続けている方、走り続けて心が緊張し続けている方。

少し休憩して身体のメンテナンスをしたり、

心の緊張をほどいてみてほしい。

それが、遠回りのようでもあるが、

安全に早く目的地に着く近道でもある。

 

それから、自分の肉体という車は、

自分の心でしか運転できない。

自分の意志でしか動かすことはできない。

裏を返せば、他人の車は他人が動かすことはできない、ということだ。

他人の車にもその車の特性があるように、

他人にも他人の体質や特性がある。

軽自動車に乗っている人にスーパーカーなみのスピードを求めるのは無駄だし、

重い荷物を運べというのも無理がある。

そして、運転が得意な人もいれば、

下手な人もいる。

アクセルを踏んでバンバンスピードを出せる人もいれば、

怖くてアクセルを踏めない人もいる。

それにイライラしても仕方がない。

道路にはいろんな車が走っていて、

ベテラン運転手もいれば、

初心者マークもいれば、

高齢ドライバーもいる。

遊びにいくために楽しくドライブ中の人もいれば、

身体が疲れているのに運転している人、

悲しみにくれながら運転している人もいる。

いろんな車、いろんな思いで運転している運転手がいると思い、

相手の車や相手の運転の特性を知り、

譲り合いながら正しい安全運転することが事故を減らすように、

相手の特性や心の状態を知ることで人間関係を円滑にすることもできる。

 

自分の車という肉体を大切にしていますか?

穏やかな心で目的地にむかいっていますか?

 

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