アーユルヴェーダ塾ジュニャーナ塾長日記

アーユルヴェーダについて学ぶアーユルヴェーダ塾ジュニャーナを主催している「塾長」が古典書にもとづいたアーユルヴェーダのお話を日々綴っています。

アーユルヴェーダの食事 〜キノコは食べてはいけない⁉︎〜

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

最近「キノコはアーユルヴェーダ的には食べてはいけない食べ物ですか?」とよく質問される。

「キノコ」は現代的には、食物繊維が豊富で低カロリー、ビタミンDが豊富で健康に良いとされ、抗がん作用もあるとも言われている。味も美味しいし、価格も安いしいろんな意味で優秀な食材の一つである。そんな優秀な食材のキノコがなぜアーユルヴェーダではよくないとされているのか?

アーユルヴェーダではキノコ(菌類)は、アーマ(未消化物)を溜める、アレルギー症状がでる、意識に傘をかぶせるので解脱の道を邪魔する、なんて言われている。こんな風に言われると、素直なアーユルヴェーダ実践者はすぐにキノコを毛嫌いして食べるのをやめてしまう。

食べ物を毛嫌いする前に、なぜアーユルヴェーダではキノコが食べない方がよいとされているのかを考えて欲しい。

 

キノコはご存知のとおり「毒」のあるキノコもある。毒キノコか、食べられるキノコかを見極めるのは相当難しい。うっかり食べたら死んでしまう毒キノコもたくさんある。前回のヨーグルトの時にも書いたけれど、アーユルヴェーダのできた時代は、人々の死は国の存亡にも関わるので「死」の危険性がある食べ物は食べて欲しくないわけだ。

最近は写真を撮って毒キノコかそうでないかを判別してくれるスマホアプリがあるそうだけど、アーユルヴェーダのできた時代は、そんなアプリはもちろんないし、キノコ図鑑があるわけでもないので神の教えでもあるアーユルヴェーダで「食べない方がよい」としてみんなが食べないように注意を促した可能性が考えられる。

それから、キノコの中には「催眠作用」や「幻覚症状」があらわれるキノコもある。こういったキノコが祭祀をするのに重要になってくる。アーユルヴェーダの元になるヴェーダの宗教では、聖仙(リシ)といわれる人達が「ソーマ」という霊薬を飲んでハイな状態になり、ふつうの人が聞けない神の声を聞いてこの世に伝えるということをしていた。その霊薬が「ベニテングダケ」というキノコを圧搾した抽出物だったのではないか、という説がある。

ベニテングダケを食べると酩酊状態になったり、多幸感が得られたり、幻覚があらわれるとされている。現代人はハイになっている人がいたら「やばいヤツ」と思ってしまうけど、昔の人からしたら、幻覚症状が出て神の言葉らしきことを言っていれば「これはすごい」と信じてしまっても仕方がない。

祭祀ができる人というのは特別な人たちでもあり、時代を経てカースト制度の一番上の階級になっていく。しかも、リシたちは経済活動をしていなかったので、祭祀の時のお布施などで生活をしていくので、ありとあらゆる人たちがキノコを食べて「ハイ」な状態になって神の声を聞こえてもらっては困るのだ。なぜなら自分たちの特別性がなくなって失業の危機になってしまうからだ。そのため、自分たちの職を脅かされないように「キノコ(菌類)は食べない方がよい」とした可能性も考えられる。しかも、ベニテングダケは味は美味しいらしいので、みんなが美味しいことを知ってしまって、たくさん食べられてしまい取れなくなっても困るわけだ。そういう時代背景を考えると、なぜキノコが食べてはいけないか、という理由を自然と理解できるはず。

 

日本はキノコ大国でもある。山が多く、雨もそこそこ降り夏は高温多湿なので、キノコが繁殖しやすい環境である。日本人にとってはキノコは珍しい食べ物ではなく、ごくごく当たり前に食べている。焼いたり、煮たりする以外にも、出汁として使ったり、乾燥させて保存食として食べ、命を繋いできた歴史がある。

何度も言うけれど「食べ慣れたモノを食べること」「その土地のモノを食べること」を推奨しているアーユルヴェーダ。キノコを食べてはダメなのか、良いのかは自分で判断してください。

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↑ベニテングダケ(けっこうかわいい)

 

 

 

 

病気は鬼にとり憑かれた!?

こんにちは。アーユルヴェーダ塾 ジュニャーナの塾長です。

 

アーユルヴェーダには8つの診療科目がある。その中に精神科がある。精神科を別名「鬼神学(きしんがく)」と言ったりもする。精神の病気を鬼や悪魔といった「なんだか得体のしれないモノにとり憑かれる」といった解釈をアーユルヴェーダはする。

誤解のないようにいうと精神の病気だけを「とり憑かれる」と考えるのではなく、医学がまだ成立していない何千年も前はどんな病気でも「なにかにとり憑かれた」と考えて呪術で祓いのけていた。呪術といってもオドロオドロしいものではなく、祈りや日本でいう「痛いの痛いの飛んで行け〜」みたいなおまじない的な感じかな〜(なかにはオドロオドロしいのもあるけど、、、(・・;))アーユルヴェーダができあがってもまだまだ解明されていない病気はたくさんあるので、精神の病気に限らず、よくわかんない病気は鬼や悪魔が取り憑いと考えているのだ。

呪術は誰でもできるわけではなく、日本的に言うと神社の神主さんや祈祷師さんのような人がやってくれる。

ちなみに、そういった人達がいろんな葉っぱやら動物の骨やらを飲ませてみたり、つけてみたり、アレコレ試したりしながら医術を身に付けて医者へと変化していき、医学が成立していったのだ。

 何千年も前は病気の原因や治療法がわからなかったわけだから、病気を「何かにとり憑かれた」と考えるのは不思議ではない。

本当に鬼やら悪魔にとり憑かれていたのかは塾長にはわからないけど、現代的に考えると細菌で起こる感染症はある意味「ウィルスにとり憑かれた」とも言えるよね。

病気を「何かにとり憑かれた」と考えるならば、病気にならないためにはどうすれば良いのか?

答えは簡単。

「とり憑かれない体」を作れば良いわけだ。現代的に言えば「免疫力」だね。免疫力が強ければ病気にならない。

 わかりやすいのが食中毒やインフルエンザ。食中毒は同じ物を食べても症状が重い人、軽い人がいるよね。もしくはまったく症状がでない人もいる。免疫力の弱いお年寄りや子どもは重症化しやすい。インフルエンザも予防注射をしてもかかる人はかかるし、予防注射していなくてもかからない人はかからない。この差は免疫力や体力の違いだよね。

食中毒やインフルエンザのような感染症にならないためにはどうしたら良いかな?

はい、簡単!!

「予防」だよね。予防注射もそうだし、自分で出来ることもたくさんある。清潔にするために手洗い、うがいもそうだし、栄養のある食事、睡眠、ストレスをためない、適度な運動で体を強くすること、、、たくさん予防策があるよね。アーユルヴェーダで言えばディナチャリア(1日の過ごし方)を実践することに通じる。

 

では、精神の病は「何かにとり憑かれた」状態なのか?たしかに、「不安」「怒り」「ストレス」「負の感情」「死への願望」「パニック」のように、むくむくとどこからか湧き上がる感情や自分で自分をコントロールができない感じは、何か得体が知れないモノにとり憑かれた感があるよね。

 

じゃ、「精神の病」も「なにかにとり憑かれる」と考えるならば精神の病にかからないようにするにはどうしたらよいか?

感染症の予防のように「心の免疫力を強くして予防」をすれば「とり憑かれない」のだ。

そうは言っても心の免疫力を強くしたり予防するにはどうしたらよいのか?

アーユルヴェーダはちゃんと答えを教えてくれる。精神の病の治療法は「信頼できる聖典を学び、正しい知識を学べ」と言っている。

聖典を学ぶとはアーユルヴェーダを学ぶこともそうだし、インドにはたくさんの聖典があるので自分が気になる聖典を学べばいい。

塾長はインドの聖典だけではなくても知識は心を救ってくれると思っている。ストレスを解消するための知識、考え方を変える知識、仕事を効率化する知識、、、なんでもいい。何かにを学ぶことで救われることがある。

塾長は仕事がなかなか終わらなくてメンタルが崩壊寸前な時期があったの。そんな時にパソコン教室に行くチャンスがあって、パソコン教室に行ったの。パソコンはそこそこ自信があったんだけど、改めてパソコン教室で学んだら、目からウロコの知らないやり方がたくさんあって仕事の効率化に成功。サクサク仕事がすすんでストレスがなくなったの。

今、自分が持っている知識を過信せず、新たな知識や今まで知らなかった世界の知識を学ぶと物の見方や考え方がかわり救われることがある。とり憑かれていたモノがすっーと消えるかもしれない。

今、心に何かある方、人生に行き詰まっている方、変わりたいと思っている方、、、何か今までにない「知識」を身につけることで、何かが変わることもある。

ただし!「素直な気持ち」で学ばないと意味がない。「そんなの知ってる〜」「何を今更」なんて言ってると何にも変わらないよ〜

 

季節の変わり目ですし「得体のしれないモノにとり憑かれない人生」を送りましょう( ̄▽ ̄)

 

 

 

アーユルヴェーダの食事 ~体質や体調にあわせた食事よりも大切なこと~

こんにちは。アーユルヴェーダ塾 ジュニャーナの塾長です。

 

アーユルヴェーダの食事というと「体質や体調にあわせた食事」や「消化力をあげる食事」について注目されがち。「ピッタ体質には甘いモノを摂るとよい」「カパ体質は脂っこいモノはダメ」とかね。。これを気にしすぎて「私はピッタだから甘いモノを食べても平気」「私はカパだから揚げ物は食べない」「消化力をアップさせるために生姜やスパイスを食べてます」などと言う方がいる。

 

 体質や体調に合わせた食事をすることは間違えではないけれど、ピッタ体質でも甘いものを多く摂ればカパが悪化する。カパ体質でも油を摂らなければヴァータが悪化する。いくら消化力をアップさせるからといって辛いモノを食べてばかりいればピッタが悪化して胃が荒れたり下痢をする。

 

それから、消化に良いものばかりを食べている人も多い。女子が大好きなサラダや豆類は消化にもいいし健康的だと思われている。アーユルヴェーダ的にいえば、消化によいものは軽性なので摂りすぎるとヴァータを悪化させる。ヴァータの悪化は一番病気を引き起こすから消化にいいものばかり摂るのがいいわけでもない。

 

となると「塾長、何を食べたらよいかわからないよー(T T)」って言われる。前に書いた「適量」や「消化力」なども含めると食事というのはすごい難しい。でも、食べ物が人の体を作っている以上、人は食べなければならない。

 

じゃ、何を食べたらよいのか?

 

それは・・・

 

「なんでも食べること!」 

 

だす(・`∀´・)

 

まずは自分の「消化力にあった適量」を食べること。

そして、現代的にいえば栄養バランスや総カロリー。自分の仕事やライフスタイルも考慮してね。

それから、アーユルヴェーダ的にいえば、6味(甘味、酸味、塩味、辛味、苦味、渋味)をバランスよく食べる。ひとつの味に偏るとドーシャのバランスが崩れるからいろんな味を食べる。

性質も考慮する。消化によい軽性なものも必要だけど重性も必要。軽性なモノばかり食べるとヴァータが悪化するので重性のモノも食べる。重性のモノで代表的なものはお肉やお魚。

余談だけど、お肉やお魚で勘違いしている方が多い。インド人は宗教的に菜食主義者が多いので、アーユルヴェーダもお肉などを禁止している、と思っている人がいるんだけど、アーユルヴェーダはお肉、お魚は食べてはダメ!なんて言っていない。むしろ病気の時は「滋養をつけるためにお肉のスープを飲みなさい」と言っているし、健康な時もお肉食べてもいいよと言っている。ただ、お肉やお魚のように重性のものは、消化に時間がかかるから適量を考慮して食べなさいとしている。それが間違えて伝わりアーユルヴェーダ=(イコール)肉はダメって伝わっている。。

 

チャラカサンヒターにはこのように書かれている。

消化重性の食物であれば、満腹の3/4あるいは半分のところでやめるよう指示する。消化軽性のものであっても、食べ過ぎるのは消化の火の理に合わない。

                      (チャラカサンヒター 1巻5章7)

 

じゃ「アーユルヴェーダの体質や体調にあった食事ってなんなのー?」と言われるかもしれない。まずはバランスよくなんでも食べる。それでもなにか不調があった時に、その不調はどのドーシャが悪化して不調を起こしているのかを見極め、そのドーシャを鎮静させる食べ物を食べる。でも、悪化したドーシャを鎮静させるモノばかり食べていると、ちがうドーシャが悪化するから、自分の体をみながら、いつまでそれを食べたらいいか考える。つまり「自分が今どうい状態で、体は何を必要としている」を知ることが大切。

 

でもさー、そもそもバランスよくなんでも食べ、過食をせず適度な量を食べていれば病気なんてしないと思わない??「体質や体調に合わせた食事」や「消化力をあげる食事」に飛びつく前に、まずは「適量をバランスよく食べているか」ちゃんと自分を見つめ直すことが大切って思わない?

 

お肉、お魚、野菜、果物、海藻、甘いものも、辛いものナドナド・・・好き嫌いせずになんでも食べてるかい?

 

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アーユルヴェーダの食事 〜「朝ごはん食べられない」は異常〜

こんにちは。アーユルヴェーダ塾 ジュニャーナの塾長です。

 

前回、夕飯を食べて寝て、朝起きたらお腹が空いていたら前日の夕飯は「適量」でしたね、と言うお話をした。

 

この話をすると必ず「あたしぃ〜、朝ごはんは食べられないんですぅ〜」と言う方いる。

 

 

塾長は声を大にして言いたい。

「あたしぃ〜、朝ごはんは食べられないんですぅ〜」

は「異常」ですからぁぁ〜!!

 

夜の7時、8時に「適量」な夕飯を食べ、まったりしてお風呂に入って11時、12時に寝る。朝は6時、7時に起きる。現代的な健康的な生活ってこんな感じかな。

こんな生活をしたら、絶対に朝はお腹がすいて朝ごはんを食べたくなる。睡眠時間が7、8時間ある。たいていの人は飲まず食わずに7、8時間寝てるわけだ。朝ごはんを7時に食べたら昼の2時、3時まで飲まず食わずってあり得なくない?朝ごはんを食べなくても、お水やコーヒーを飲んだりして、お昼にはお腹が空いてるよね。だから、朝起きて朝ごはんが食べられないのは「おかしい!」のよ。

 

なぜ朝ごはんを食べられないのか?

夕飯が「適量」ではない、食べる時間が遅い、消化力に合った食事ではない、睡眠の質が悪い、病気、、、ナドナド。いっぱい考えられる。

 

原因をみつけて、原因を取り除かなければ病気は治らない。原因をさがす作業をすると、体のことだけではなく、自分がどうありたいのか、自分にとって心地よいことは何か、自分にとって幸せとはなにか、など自分を知ることにもなる。

 

以前こんな方がいた。

朝ごはんを食べられない、と言うので、一緒に原因をさがしてみた。彼女はやりたい仕事でもないのに残業ばかり。夕飯は疲れて作る気にもならず、カップ麺か同僚と愚痴りながら外食。。肌も荒れ、みるからに疲れていた。彼女は朝ごはんを食べられない原因探しをしていたら、自分の人生に疑問をもったそう。このままじゃ、会社や仕事に殺される、って思ったそう。このままじゃダメと生き方をみつめ直し、仕事をすっぱりやめ、自分のやりたいことを始め、夕飯も自分で作り、規則正しい生活をはじめた。

あっという間に肌荒れも治り、自分のやりたいことを生き生きしながらやっていてまぶしいぐらい今は輝いてる。アーユルヴェーダから救ってもらい幸せになった、と今は言っている。朝ごはんを食べられない!から人生を変えた彼女。アーユルヴェーダってすごいなぁ〜って思う。アーユルヴェーダは体を健康にするだけではなく、人生も健康にしてくれる。

 

ちなみに、彼女は新しい仕事で出会った方と意気投合して結婚するそう。アーユルヴェーダは幸せをも運んでくれる。

 

朝ごはんを食べられない方。原因をさがしてみたら?人生かわるかもよ( ̄▽ ̄)

 

 

 

 

 

 

アーユルヴェーダの食事 ~「適量」ってどうやってわかるの?~

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

 

「適量」や「消化力」は人によってちがう、自分の「適量」や「消化力」を知るには、自分を知らないとできないよ、とお話ししてきた。

ではでは、「適量」知る方法ってどうすればいいのかというと、アーユルヴェーダの元祖教科書のチャラカサンヒターではこのように言っている。

 

ある量の食べ物が食べた人の健康に支障をきたすことなく、

次の食事までにきちんと消化された時に、

その量はその人にとって「適量」である。

(チャラカサンヒター1巻第5章4)

 

ちょっと説明すると、夕食を食べて、お風呂に入ったり普通にすごして、常識的な時間に床につく。食後や寝ている時に、食べ過ぎて苦しい、胃がムカムカする、逆にお腹がすいて眠れない・・・ナドナドの体の不調がない状態で睡眠ができ、朝は自然と目を覚まし、お腹がすいた~朝ごはん食べた~い、と自然に湧き上がってくれば、前日の夕食の量はその人にとって「適量」であった、ってこと。

不調のない状態をアーユルヴェーダ的にいえば、ドーシャ(ヴァータ、ピッタ、カパ)やダートゥ(体の組織)のバランスが崩れていない状態ってことね。

 

「適量」な食事をとれていますか?

 

 

 

 

 

 

アーユルヴェーダの食事 ~「適量」ってどれぐらい~

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

前回は食事は「適量」を食べることが大切、という話をしたのでその続きです。

「適量」とは人によって違う、。ではどうやって「適量」は決まるのか?アーユルヴェーダの元祖教科書「チャラカサンヒター」にはきちんと答えがでている。

 

食べ物の「適量」とは「消化の火(消化力)」によって決まるものである。(チャラカサンヒター1巻5章3)

 

となっている。「消化の火」つまり「消化力」は人によってちがう。みんな同じ「消化力」ではないよね。ランチにがっつりお肉を食べたとして、ディナーの頃にはちゃんとお腹がすく人、いつまでたってもお腹がすかない人、ランチからディナーの間を運動をした場合とゴロゴロしながら過ごした場合でも違うよね。年齢、性別、季節、運動量、体調などによって「消化力」は違う。時間帯によっても違うし、前に食べた食事によっても変わる。

 

「適量」は自分の今の「消化力」がどれぐらいかによって決まるもの。食事のたびに自分の体に「今の自分の消化力ってどれぐらいよ?今の自分の適量ってどれぐらいよ?」って問いかける必要がある。

 

何度もいうけど、アーユルヴェーダは「自分を知ること」

今の自分に向きあって食事をしているかい?

 

次回は、ちゃんと消化した状態とはどんな状態なのかを知るお話。 

 

 

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アーユルヴェーダの食事 ~消化力の前に大切なこと~

こんにちは。アーユルヴェーダ塾 ジュニャーナの塾長です。

 

アーユルヴェーダの食事って興味ある方多いよね~。

アーユルヴェーダの元祖教科書の「チャラカサンヒター」でも「食事」は大切と言っている。「チャラカサンヒター」ってとっても親切なので大切なことから順番に書いてある。食事の話は1巻の5章から早々に出てくる。

ちなみに、アーユルヴェーダは病気の治療と病気予防や健康維持なので、1巻1章~4章は病気の治療に関する大切なことが書いてあって、5章からは健康な人の健康を守るための大切なことが書いてある。その一番最初に「食事」のことが書いてあるので、健康を維持するためには「食事」が一番大切ってことがわかる。食べるもので人間はできているわけだから「食事」が超~大切ってことよね。

 

昨今、アーユルヴェーダのスパイス料理教室、体質にあわせた食事法とか6つの味の講座みたいのが増えてきたよね~。そういう講座とか教室でよくいわれるのが「消化力」ね。「消化力」ももちろん大切なんだけど、それより大切なことがある。体質にあわせた食事法も大切だけど、それより大切なことがある。あんまり言われないんだけど、「消化力」よりも前に大切なのはそれは・・・

「適量を食すべき!」(チャラカサンヒター1巻5章3)

だす。

「適量を食すべきが」が5章の一番最初に書かれている。その後に「消化力」の話が出てくるんだけど、消化力についてはまた今度ね。

 

アーユルヴェーダの食事というと「消化力をあげる」とか言うんだけど「消化力」の前にまずは自分はどれぐらい食べられるのか「適量」を知らないといけない。

 

でも「適量」っていうとたいてい「一日何キロカロリーですか?」「ごはん何杯ですか?」・・・などと言われてしまうんだけど「適量」は人によってまったく違う。

 

まず「量」にはいろんな「量」がある。

現代的に言えば「一日の総カロリー」これは年代によっても違うし、仕事によってもかわるよね。肉体労働なのか、デスクワークなのか、専業主婦なのか、授乳中のお母さんなのか、お年寄りなのか、運動をしているのか、していないのか、病気をしているのか、していなのか・・・などなど、職業やライフスタイル、年代によって様々。

 

その他にも「1回の食事の量」もある。朝は食欲がない人もいるだろうし、夜遅い時間に食べる人、外食が多い人・・・などなど、やっぱりその人によっても1回の量は変わるね。

 

それから、「主食」「副菜」「主菜」「乳製品」「果物」の量とか、「タンパク質」「脂質」「食物繊維」「糖質」などの栄養素の量もあるね。

 

あとは、摂取期間も「量」と考えなくてはいけない。アーユルヴェーダでは「食べ慣れた物を食べなさい」とある。我が相方は、日本のカレーは大丈夫だけど、インドカレーを食べると翌日必ず下痢する。別に嫌いなわけじゃないけど、スパイスに慣れてないから食べるとお腹を壊すのね。食べ慣れてないものは、体調を崩したり、アレルギーがでるかもしれないから少しずつ食べる方がよいので、そういう「量」もある。

 

あと、アーユルヴェーダ的にいえば6つの味(ラサ)「甘い・すっぱい・辛い・しょっぱい・苦い・渋い」の「量」もある。

 

季節や年齢、体調によっても「量」は変わるよね。夏の暑い時期には食欲は落ちるし、秋や冬はいっぱい食べられるよね。年齢によっても違うよね。若い頃は焼肉食べ放題でガンガン食べたけど、年をとると食べ放題でガンガン食べたら、消化不良で胃がムカムカしたり、胃が痛くなってしまう。年をとると美味しいお肉をほんのちょっとで十分満足だったりする。体調も日によって変動する。女性は特に生理前はたくさん食べたくなる人がいるし、生理になれば生理痛がひどくてなんにも食べられない人もいるよね。

 

人によって「適量」はまったく違う。もちろん日によっても違うし、朝、昼、晩でもちがうよね。自分の「適量」は自分でしかわからない。毎回言っているけど「アーユルヴェーダは自分を知ること」なので、スパイスがどうとか、体質にあった食べ物がどうとかより、まず大切なのが「自分にとってどれぐらいが「適量」なのか」を知ることが大切なのだよ。

 

じゃ、「適量」ってどうしたらわかるの?って疑問をもった方、それはまた次回に~。

 

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