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アーユルヴェーダ塾ジュニャーナ塾長日記

アーユルヴェーダについて学ぶアーユルヴェーダ塾ジュニャーナを主催している「塾長」が古典書にもとづいたアーユルヴェーダのお話を日々綴っています。

アーユルヴェーダはやめられない

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

アーユルヴェーダを深めるために インドの哲学とインドの歴史を学び直したいな、と思っていたら、とあるきっかけで、みっちり学ぶ機会に恵まれた。新たな発見もあり、よい出会いだった。

アーユルヴェーダは前に書いたけど不思議な不思議な力があって、学びたい!と思うと学ぶ機会や縁を与えてくれる。それをキャッチできるかは自分次第。キャッチできるとアーユルヴェーダはいろいろな事を教えてくれる。そして、新たなご縁も結んでくれる。

 

もし今、アーユルヴェーダを学ぶたいと思っているけど、どうするか迷っている方。ぜひ、学び始めてみて。 あっ、塾長の講座じゃなくていんだよ。気になる学ぶ機会があるならなんでもいい。何かが変わるよ。ミラクルが起きる場合だってあるかもしれない。

 

アーユルヴェーダは不思議な力を本当に持っている。

だからやめられない。

 

正月そうそう反省

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

 

以前ご紹介した「あるヨギの自叙伝」を久々に読み返してみた。

↓以前のブログ

ayurvedacramshooljunana.hatenablog.com

 

その中にこんな文章があり、反省してしまった。

 

聖典の言葉をたくさん覚えることと理解することは全く別だ。

聖典は一句一句をじっくり味わって身に付けるならば、

霊的悟りを得るための意欲を刺激するうえで役立つが、

単なる物知りになるための研究はいくら積み重ねても、

なまはんかな知識と偽りの満足が得られるだけで、

悟りを得るための役には立たない」

 

アーユルヴェーダは以前にもお話をしたが聖典である。アーユルヴェーダを学ぶことは聖典を学ぶこと。そして、アーユルヴェーダを学ぶことは解脱や悟りのために学ぶこと。

解脱や悟りは塾長にはなんだかよくわからないけど、塾長なりの解脱ってこんな感じってものがある。              

もちろん、そこには達していないし、そこに到達できるとも思っていない。だけど、できるだけそれに近づけるようにはいたい、とは思っている。

それなのに・・・それなのに・・・・

最近、教えることやブログを書く事に必死になってしまい、アーユルヴェーダのドーシャがどうとか、食事がどうとかの物知りになるためだけ、頭でっかちになるためだけの知識ばかりのことに気を取られてしまい聖典の一句一句をじっくり味わっていない!と猛烈に反省してしまった。。おまえ、そんなんでいいのか?おまえがアーユルヴェーダについてみんなに話したいことはそんなことだったのか?と渇を入れられた気がする。

 

アーユルヴェーダの講師やセラピストの方、頭でっかちになっていないか?見せかけの知識を生徒さんやお客様に与えていないか?

 

アーユルヴェーダを現在学んでいる方、ドーシャや健康だけのことだけではなく、アーユルヴェーダの深い深い知性を味わっているか?

 

アーユルヴェーダは自分を知ること。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞑想できなきゃ掃除しろ!?

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

ここ数年、瞑想がブームになっている。チャラカ・サンヒターでも瞑想はおすすめされている。瞑想の何がよいのかは、瞑想・効果で検索してもらえればたくさんでてくるのでそちらを読んでみていただければと思う。

今回は瞑想できない人のお話。

アーユルヴェーダの講座をやっているといろんなお悩みや問題を抱えた人が少なからずやってくる。悩んでいる人のほとんどが頭の中が整理できていないことが多い。自分で答えがだせなかったり、自分の考えに自信がないから大丈夫だよ、間違ってないよと言ってほしくていろんな人に話まくる人もいる。

だけど、人に話すことで余計にいろんな思いが湧き出てしまったり、人の話を聞きすぎて余計に頭が混乱してしまう。頭の中で考えがグルングルンしてしまって、ますます自分が何がしたいのか、どうしたいのかわからなくなる人がいる。

そんな方に「瞑想」をアドバイスする。とりあえず自分の部屋で起床後でも寝る前でもいいから必ず毎日静かに目を閉じて頭の中のグルングルンをストップさせて、と言ってみる。

 そして、次に会った時に「瞑想できた?」と聞くとたいていの方は「できませんでした。余計に頭がグルングルンしてしまって・・・」って言う。そういう方に塾長は「ご自身の家や部屋はきれいに片付けられてる?ちゃんと掃除してる?」って聞くことにしている。たいての方は「悩み事が多くて部屋の掃除なんてとてもできません。散らかっています。とてもじゃないけど人にみせられる家じゃないです」って言う。

気がついたことがある。

瞑想ができない人は部屋が汚い。そして、部屋が汚い人、物を多く持っている人ほど悩みが多くて問題を解決できないっていう確率がかなり高い(例外ももちろんあるけど・・・)わかりやすいのがテレビなどでいろんな問題を抱えた人たちの家が映ることがあるけど、そういう人の家ってたいてい汚い。物が溢れかえっていて掃除もまったくできてない。ゴミ屋敷問題をよくテレビでやっているけど、家主の主張なんて何言ってんだかさっぱりわからない。ポリシーがあるのかもしれないけど、頭の中で整理できてないから口に出すと訳がわからないことを言っている人になる。そして、伝わらないからキレたり暴れたりする。会社でもデスクが汚い人は仕事できない確率が高い。以前、損害保険関連の仕事をしたことがあって、水漏れや盗難などの事故があった家の写真を大量にみることがあったのだけど、問題が発生する家はたいてい汚い。被害が大きいほど汚い。例えば、流しに食器を洗わずに溜め込んでいて、留守中にペットがいたずらして蛇口の水を出してしまい、食器が溜まっているから水が流れずに流しから水があふれてしまったり、お風呂場の排水口の髪の毛をとらなかったから、お風呂の水を流したら水が溢れて脱衣所まで水浸しになって下の部屋まで水浸しにしちゃったとかね。ちゃんと洗い物をしたり、掃除をしてれば起きないような問題を起こすんだよね。

話がそれたけど、瞑想ができないんだったらまず自分の部屋を掃除して、って言っている。日本の瞑想でポピュラーなのはお寺でする坐禅があるけど、お寺だと集中できるっていう人も多い。なんでお寺でできて、家でできないかっていうと、理由の一つとしてお寺って綺麗だから。きれいにお掃除されていて、仏様の前もお供物とか仏具があるけど、ピカピカに磨かれて整頓され雑然としていない。人の心はほとんどが視覚によって影響を受けている。きれいに掃除され整えられた空間を見ることで、気持ちがさっぱりするし気分が良くなり落ち着くから瞑想しやすい。神社も同じね。

自分の身の回りの汚さや雑然さは自分の頭の中だと思ってほしい。頭の中は目に見えないけど、部屋の汚さや雑然さは目に見える。目に見える目の前の物すら整理できな人が目に見えない頭の中を整理するなんてできやしない。目の前の「片付け」という問題も解決できない人がややこしい問題なんぞ解決できない。

掃除も一種の瞑想であり修行でもある。あれこれ考えずに黙々とひとつのことに集中して片付ける、床をきれいに磨き上げる。必要なもの、必要でないものをただ仕分ける。捨てたり、整理して箱にしまったり、飾ってみたりする。そうすると不思議なことに頭の中が整理されてくる。今の自分にとって何が必要で何が不要なのかが見えてくる。掃除をしているうちに頭の中も整理されてくる。悩みが多い人は瞑想より掃除をした方が頭の中を整理しやすいんじゃないかと思う。

瞑想は毎日やらないと効果がないそう。毎日、朝夕20分必ず何があっても瞑想しろ、って瞑想の先生に言われた。毎日、朝夕20分って相当気合いれてやらないとできない。仕事があったり用事があればできない日もある。毎日なんてできない!って先生に文句を言ったら、朝夕たった20分の時間も作れないようなら、目標や願望の達成、問題の解決、ましてや解脱なんてもっとできないってバッサリ切られた。

でも、瞑想はできなくても掃除ならできそうじゃない?一気に掃除すると疲れちゃうから一日10分だけ必ず片付けをする、食器は使ったら必ず洗う、郵便物は受け取ったらすぐ開封していらないものはすぐ捨てる、トイレは毎日掃除する、なんて自分で決めてコツコツ必ずやる。それすらできないなら、一日一個なにかを捨てるでもいい。それが積み重なれば、時間がかかってもだんだんと部屋もきれいになっていく。そして、それが毎日できるようになると自然と瞑想もできるようになってくる。というか、お寺や神社みたいに部屋がきれいになると自然と瞑想したくなってくるか、瞑想に頼らなくてもよい生き方ができるようになる。

 

悩みが多い方、瞑想ができないかた、だまされたと思って掃除してみてら?

 

 ↓参考図書。掃除は「心を磨くこと」と書いてある。響いた。

 

お坊さんが教えるこころが整う掃除の本

お坊さんが教えるこころが整う掃除の本

 

 

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悪い習慣をなくすには・・・

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

新しい年を迎えて2017年の目標や抱負をたてた方も多いのでは?

「今年こそは怠惰な生活をやめて早寝早起きをするぞ!」

「今年こそは暴飲暴食をやめて痩せるぞ!」・・・などなど。

悪い習慣をやめて、よい習慣を始めようと決意した方もいるのでは?

新年も数日たったけど、その決意今日も続いている?

すでに挫折しちゃった方もいるんじゃないかな。元旦には気合をいれて早起きしたけどダラダラとお正月特番のテレビをみて、寝るのが遅くなって早起きができなかったり、おせち料理やお雑煮をたらふく食べて、お屠蘇を飲みまくったり・・・

新年早々「あぁぁぁ~、なんて自分ってダメなんだぁ~_| ̄|○」って凹んでいる方もいるのでは。。

 

人間はなかなか習慣をかえられない生き物。生き物は変化を嫌う。環境が変化したときに、それ元に戻そうとする作用が自然に働いてしまう。これをホメオスタシスっていうのね。ホメオスタシスがないと生き物は生命を維持できない。例えば、暑い日に熱いラーメンを食べると汗がでる。これは、上昇した身体の温度を下げるために 汗をかかせて身体を冷やそうとするために働く。ホメオスタシスもないと困るのだ。

生き物は生きるために心身ともに心地よい状態を保つためにできている。悪い習慣はその人にとって楽しくて心地よい状態や快楽になっている。ダラダラと深夜番組をみてゲラゲラ笑っているのも楽しいし二度寝は気持ちいい。美味しいものを食べたり、お酒を飲んで騒ぐのも楽しい。身体や心は常に楽しくて心地よい状態でいたい。でも、それが良いことか悪いことなんか身体自体は判断できない。わかりやすいのが薬物。身体に良いことなんてひとつもないけど、強い快楽を得るために薬がどんなに身体に悪くても身体が薬物を欲して薬物中毒になっていく。

でも、不健康なことが本来の心地よさや快楽ではない。見せかけの心地よさや快楽でしかない。

見せかけの心地よさや楽しさや快楽から抜け出すにはどうしたらよいか。まず必要なのは「知性」!厳しい言い方だけど、やめられない悪い習慣がある人は自分の知性が足りないと思ってね。知性があり正しい物事の判断ができれば、自分が今やっていることの良い悪いが判断できるはず。知性を得るにはアーユルヴェーダでは聖典を学ぶこととなっている。別に聖典ではなくても健康に関する知識を学ぶもよし、習慣をみにつけるための本も読むもよし、自分に合う方法を見つけたらよい。

それから、アーユルヴェーダでは不健康な習慣を徐々に減らし、健全な習慣を徐々に増やしていくと、不健康な習慣は永遠になくなり、健全な習慣は永遠なものになる、とされている。不健康な習慣をやめることも健全な習慣をとりいれることも急にやってはいけない。習慣を急激にかえると身体や心に大きな危害をもたらすと言われている。なにか変化をする時は、ゆっくりやっていかなければならない。急激な変化は身体にも心にも大きなストレスになり、余計に悪い方向に行ってしまう。

 

チャラカ・サンヒターには以下のように説明されている。

賢明な人は、不健康な習慣を少しずつやめ、健康な習慣を順次取り入れていくべきである・・・1日目に不健康な習慣を1/4捨て、その代わりによい習慣を1/4とりいれる。2日目は元の状態に戻して、3日目に不健康な習慣を半分捨てて、健康な習慣を半分とりいれる。4日目も3日目と同じにして、5日目は1日目に行った状態に戻す。6日目には不健康な習慣を3/4捨て、健康な習慣を3/4とりいれる。これを8日目まで続け、9日目には再び3日目の状態に戻す。10日目は不健康な習慣をすべてやめて健康な習慣のみ行う。それを13日目まで続け、14日目には、再び1/4だけとりいれる。そして15日目以降はよい習慣のみ行う。

                      チャラカ・サンヒター第1巻7章36-37

 

ちょっとめんどくさいけど「賢明な人」はゆっくり悪い習慣をやめて、ゆっくり良い習慣をとりいれろ、って言っている。10時に起きていた人が「明日から6時に起きるぞ!」なんて言っているのは賢明な人じゃないのだ。ようするにおバカな人なのだ。いきなり早起きをしたり、いきなり絶食したり、いきなり禁酒したりしない。30分ずつ早起きしてみるとか、食べる量を少し減らしたり、毎日飲酒をしているのであれば週一回の休肝日を作るとか、ゆっくりと身体や心の状態をみながら変化させていく。よい習慣が楽しく心地よくなければ続けることはできない。ムリをすることをアーユルヴェーダは推奨していない。

そして、できない場合にはできない理由を考えること。早起きができないのは、疲れがたまっていて身体が休みたいと言ってるのかもしれない。自分の体力にあわない動きや仕事をしている場合もある。空腹が我慢できないのは栄養が足りないのかもしれない。ちゃんと食事をとっていないのかもしれない。お酒が我慢できないのは大きなストレスがあるのかもしれない。できないのにはできない理由がある。できない理由をさがすことが自分を知ることになる。アーユルヴェーダは「自分を知ること」と塾長は何度も言っている。

新年早々できない自分に凹んでいないで、できない理由をさがして根本的な問題をみつけてそれを取り除く。そうしたら、できないこともできるようになる。そして2017年がかわり、人生もかわっていく。よい一年の積み重ねが、よい人生、よい一生となるのだ。

 

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新年のごあいさつ

新年明けましておめでとうございます。

アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

 

昨年から始めたこのブログもとくに宣伝することもなくひっそりと始めたにもかかわらず、多くの方にお読みいただきました。大変感謝しております。

受講の希望のお問合せも多くいただております。アーユルヴェーダが日本でも関心が高くなっていることを実感しております。

今年はできるだけたくさんのアーユルヴェーダの正しい知識を発信していけたら、と思っております。

読者の皆様がアーユルヴェーダを学び、実践することで、素晴らしい楽しい一年、そしてよりよい人生になりますよう心より祈念しております。

本年もどうぞよろしくお願い致します。

 

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インド哲学はアーユルヴェーダやヨーガの勉強に必要ない?

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

 

アーユルヴェーダやヨーガはインドの「哲学」が重要な土台となっている。

 哲学をしらなくてもアーユルヴェーダは実践はできる。哲学を知らない人がヨーガのポーズをしちゃいけないなんて決まりもない。アーユルヴェーダのセラピストやヨーガのインストラクターでも哲学を知らない人はいる。そんなものは必要ない、と言っている人もいる。(塾長はそういう人たちを否定するつもりは一切ないので誤解のなきよう)

ただ、アーユルヴェーダやヨーガを学び、実践するのにインドの哲学を知らないとハッキリ言ってアーユルヴェーダもヨーガも体だけのただの健康法でしかない。ただの健康法としてアーユルヴェーダやヨーガを生活に取り入れたいならそれでよい。小難しい哲学なんてやる必要ない。それはその人の選択の自由。

 哲学を知っていた方がよりアーユルヴェーダやヨーガを深~く理解できておもしろいし、大げさだけど人生がかわる。知っていたほうが役に立つ。

 例えば・・・アーユルヴェーダもヨーガもハイスペックなパソコンと仮定する。

ハイスペックなパソコンを持っていてもネットでヤフーニュースをみるぐらいのパソコンの知識しかなかったら宝の持ち腐れ。でも、いろんなパソコンの知識をもっていて、あれこれと使いこなせればとっても便利。世界中の人とつながることができるし、パソコン一台で起業することだってできる。世界が広がる。ハイスペックパソコンでも十分ネットサーフィンはできるけど、パソコンの力を最大限に発揮させて仕事を効率化させたり、起業するにはパソコンのいろんな知識が必要になる。アーユルヴェーダもヨーガもちょろっとした知識でも使えるけど「哲学」という知識を知ることで、アーユルヴェーダやヨーガの力を最大限に引き出して使いこなせるようになる。そして、すっごい世界が広がる。

パソコンもそうだけど使いこなすための知識というのは難しい。インドの哲学も難しい。最初は何がなんだかさっぱりわからない。だから挫折しちゃう人も多いし、受け入れられない人も多い。けど、さっぱりわからないことを探求していくのが哲学。しかも、インドの哲学は探求することで「解脱や悟りを開く」という考え方なので、完璧に理解できたら「解脱」することになる。簡単にそのへんの人間がそこまで到達できないものだから「哲学なんぞさっぱりわからん!」でかまわない。でも「わかんない」で投げ出したら意味がない。必要なのは「知ろう!」っていう気持ちと努力。気持ちと努力があれば、インドの哲学はいろいろなことを教えてくれる。興味があれば大学の哲学科を受験したり、師匠をさがして深く探求すればいいけど、アーユルヴェーダやヨーガをやるなら、どういう「考え方」がアーユルヴェーダやヨーガには土台にあるのかってことぐらいせめて知っていた方がいい。

 

インド哲学を学ぶと考え方や物事の捉え方がかわる。物事のみかたがかわると自分の世界がかわる。今まで見えてなかったことがたくさん見えるようになる。いろんなことが見えてくると、自分の行動がかわる。行動がかわると人生もかわる。 

アーユルヴェーダやヨーガはだたの健康法ではない。体もかえてくれるけど、生き方も人生もかえてくれる。けど、深く知るためには深く知るための必要な知識がある。それを学ぶか、学ばないかはあなた次第です!

 

アーユルヴェーダ塾 ~ ゼロからのアーユルヴェーダ・講座内容 その1~

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

 

講座やりますよ~講座の内容はまたお知らせしま~す、と以前に宣伝しておきながらほったらかしにしておりました。

どんな内容をやるのですか?等のお問合せをいただいておりますので、少しだけご紹介させてもらいます。なぜ少しだけかというと、現在いままで利用していたテキストを見直しておりまして、まだ全部終わっておらず焦っている真っ最中なのです(;´д`)より深くアーユルヴェーダを学んでもらうためにがんばっておりますので応援してくださ~い(^_^;)

 

内容はアーユルヴェーダの原点に戻ってアーユルヴェーダの医学書のチャラカ・サンヒターをふんだんに盛り込んだ内容にしました。

アーユルヴェーダ出来上がったインドの歴史的背景、チャラカ・サンヒターに書いてあるアーユルヴェーダの成り立ち、アーユルヴェーダを学ぶ上で必要なインドの思想や哲学、医学書のことナドナド・・・ゼロからのアーユルヴェーダなので本当にゼロからやります。

逆に、〇〇体質にはどういう物を食べたらいいか、オイルでのうがいのやり方とか、アーユルヴェーダのハーブとかスパイスの話はありません。そういうことが知りたければそういう講座に参加してもらったらいいと思います。ただ体質に合わせた食事の前に正しく食事をしてなければ意味がないので、体質とは関係のない正しい食事法はやります。オイルうがいとか巷で流行しているアーユルヴェーダ的なことは、なぜそういうことをやる必要があるのか?ってことはやります。ハーブやスパイスが何に効くとかはやりません。そのかわり、薬とは何なのか、薬とはどういう時に使うものなのかなどアーユルヴェーダの薬の処方の考え方はやります。最終的には、自分が今どういう状態で、どういうふうにすればよいのか、なぜをこれをするのか、ということを自分で考えて、自分で対処できるようになってもらえたらいいなぁ、とは思っております。

また、身体のこと以外にも正しく生きるとは何なのか、なぜ正しく生きなければならないのか、アーユルヴェーダが言う幸福とはなにか・・・等、みなさんが今後生きていく上で助けてくれるたくさんのいい話がチャラカ・サンヒターやインドの古典書や思想にはつまっていますので、そんなお話も折り込みながら少し?だいぶ?マニアックにアーユルヴェーダを学べる講座にしています。

 

では内容をちょっとだけ紹介↓↓↓

  1. アーユルヴェーダとは・・・サンスクリット語とはなにか、アーユルヴェーダの言葉の成り立ち。これからどんな勉強をするのかなど...
  2. アーユルヴェーダの構成・・・アーユルヴェーダはインド古代の信仰や思想、風俗などが根底にあります。そういうお話。
  3. アーユルヴェーダの歴史・・・インドの歴史とともにアーユルヴェーダの歴史。また、アーユルヴェーダがどのように世界に広がって行ったか、というお話。
  4. アーユルヴェーダの医学書・・・アーユルヴェーダの医学書の成り立ち。チャラカサンヒターの構成と内容。チャラカサンヒター以外の医学書について。
  5. チャラカサンヒターによるアーユルヴェーダの誕生と伝承・・・実際のチャラカサンヒターの訳を読みながら、アーユルヴェーダの誕生とどのように伝わって現在に至っているのかということを学ぶ。
  6. アーユルヴェーダの目的・・・アーユルヴェーダの究極の目的。それは自分の生き方にもつながり、自分の生き方をみつける大切さを学ぶ。
  7. アーユルヴェーダの定義・・・アーユルヴェーダは「生命とはなにか」「健康とはなにか」など定義がたくさんある。その定義を学ぶ。また、アーユルヴェーダを学び、それをどのように活かすかなども学ぶ。
  8. アーユルヴェーダの哲学・・・アーユルヴェーダでは、様々なインド哲学の影響を受けている。インド哲学を知ることでドーシャ(ヴァータ、ピッタ、カパ)の意味、ドーシャのバランスが崩れる理由、薬の処方の仕方まで理論的に理解できるようになります。

とりあえず、今回はここまで~。この後がまとまったら、またアップしますね~。

 

受講方法

横浜、横須賀、川崎、品川あたりで、ご指定の場所に塾長が伺いカフェなどで1回1~2時間ぐらい(例:1回2時間x10日間=合計20時間)じっくり勉強したい、という方は20時間を超えてもかまいません。

 ※公共交通機関での移動となります。場所は駅周辺にしていただけると助かります。

 

料金

テキスト代:1回500円

テキストは毎回その場でお渡しします。

交通費:実費

横浜某所からご指定の場所までの公共交通機関の往復料金

塾長の自宅の最寄り駅まで来てくれる場合やお迎えにきていただいた場合は無料

カフェ代・場所代:実費ご負担願います。

受講料 初回は1時間まで:500円 2時間目以降 1,500円

    2回目以降:1時間 1,500円

 

連絡先:受講希望やご質問などがある場合には、ブログのコメント欄でご連絡いただいてもかまいません。メールでお返事しますのでメールアドレスがわかるようにしてください。

もしくは下記メールアドレスにご連絡ください。

ayurvedacramschooljunana@yahoo.co.jp

 受講希望の方は、初回の講座の希望の日時、場所も下記を参考に書いていただけるとスムーズです。集合はご指定いただいた時間の10分前に駅の改札などで待ち合わせとなります。カフェ、ファミレスなど学習できる場所を探しておいていただけると助かります。

【入力例】
第1希望
○月○日○曜日 ○○時○○分 ~ ○○時○○分 場所:横浜駅

第2希望
△月△日△曜日 △△時△△分 ~ △△時△△分 場所:京急川崎駅

第3希望
X月X日X曜日   XX時XX分   ~ XX時XX分   場所:JR蒲田駅
 

 

お友達同士など人数を集めていただいた場合には、交通費、場所代は一名様分でかまいませんのでみなさんで割り勘してください。

 

申し訳ないですが、しばらくは女性限定とさせていただきます。塾長も40才代女子です。特に勧誘はしませんので(もちろん宗教などの勧誘もしないよー)、一度、受講していただき塾長の講座に納得いただけるようでしたら次回の予約をしていただければかまいません。

 

サロンを開業されている方で、メニューの中にアーユルヴェーダの講座をいれたい、という方もご連絡お待ちしております。講座内容、料金は別途ご相談させていただきます。

 なお、病気のご相談は塾長はドクターではないので承れません。ただ講座でアーユルヴェーダの病気が発生する理由を体系的に学習します。そこから、なぜ病気になったのかご自身で考えていただくことで、病気の治療の一助になる場合もあります。が、保証はできませんので予めご了承ください。