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アーユルヴェーダ塾ジュニャーナ塾長日記

アーユルヴェーダについて学ぶアーユルヴェーダ塾ジュニャーナを主催している「塾長」が古典書にもとづいたアーユルヴェーダのお話を日々綴っています。

瞑想できなきゃ掃除しろ!?

アーユルヴェーダ

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

ここ数年、瞑想がブームになっている。チャラカ・サンヒターでも瞑想はおすすめされている。瞑想の何がよいのかは、瞑想・効果で検索してもらえればたくさんでてくるのでそちらを読んでみていただければと思う。

今回は瞑想できない人のお話。

アーユルヴェーダの講座をやっているといろんなお悩みや問題を抱えた人が少なからずやってくる。悩んでいる人のほとんどが頭の中が整理できていないことが多い。自分で答えがだせなかったり、自分の考えに自信がないから大丈夫だよ、間違ってないよと言ってほしくていろんな人に話まくる人もいる。

だけど、人に話すことで余計にいろんな思いが湧き出てしまったり、人の話を聞きすぎて余計に頭が混乱してしまう。頭の中で考えがグルングルンしてしまって、ますます自分が何がしたいのか、どうしたいのかわからなくなる人がいる。

そんな方に「瞑想」をアドバイスする。とりあえず自分の部屋で起床後でも寝る前でもいいから必ず毎日静かに目を閉じて頭の中のグルングルンをストップさせて、と言ってみる。

 そして、次に会った時に「瞑想できた?」と聞くとたいていの方は「できませんでした。余計に頭がグルングルンしてしまって・・・」って言う。そういう方に塾長は「ご自身の家や部屋はきれいに片付けられてる?ちゃんと掃除してる?」って聞くことにしている。たいての方は「悩み事が多くて部屋の掃除なんてとてもできません。散らかっています。とてもじゃないけど人にみせられる家じゃないです」って言う。

気がついたことがある。

瞑想ができない人は部屋が汚い。そして、部屋が汚い人、物を多く持っている人ほど悩みが多くて問題を解決できないっていう確率がかなり高い(例外ももちろんあるけど・・・)わかりやすいのがテレビなどでいろんな問題を抱えた人たちの家が映ることがあるけど、そういう人の家ってたいてい汚い。物が溢れかえっていて掃除もまったくできてない。ゴミ屋敷問題をよくテレビでやっているけど、家主の主張なんて何言ってんだかさっぱりわからない。ポリシーがあるのかもしれないけど、頭の中で整理できてないから口に出すと訳がわからないことを言っている人になる。そして、伝わらないからキレたり暴れたりする。会社でもデスクが汚い人は仕事できない確率が高い。以前、損害保険関連の仕事をしたことがあって、水漏れや盗難などの事故があった家の写真を大量にみることがあったのだけど、問題が発生する家はたいてい汚い。被害が大きいほど汚い。例えば、流しに食器を洗わずに溜め込んでいて、留守中にペットがいたずらして蛇口の水を出してしまい、食器が溜まっているから水が流れずに流しから水があふれてしまったり、お風呂場の排水口の髪の毛をとらなかったから、お風呂の水を流したら水が溢れて脱衣所まで水浸しになって下の部屋まで水浸しにしちゃったとかね。ちゃんと洗い物をしたり、掃除をしてれば起きないような問題を起こすんだよね。

話がそれたけど、瞑想ができないんだったらまず自分の部屋を掃除して、って言っている。日本の瞑想でポピュラーなのはお寺でする坐禅があるけど、お寺だと集中できるっていう人も多い。なんでお寺でできて、家でできないかっていうと、理由の一つとしてお寺って綺麗だから。きれいにお掃除されていて、仏様の前もお供物とか仏具があるけど、ピカピカに磨かれて整頓され雑然としていない。人の心はほとんどが視覚によって影響を受けている。きれいに掃除され整えられた空間を見ることで、気持ちがさっぱりするし気分が良くなり落ち着くから瞑想しやすい。神社も同じね。

自分の身の回りの汚さや雑然さは自分の頭の中だと思ってほしい。頭の中は目に見えないけど、部屋の汚さや雑然さは目に見える。目に見える目の前の物すら整理できな人が目に見えない頭の中を整理するなんてできやしない。目の前の「片付け」という問題も解決できない人がややこしい問題なんぞ解決できない。

掃除も一種の瞑想であり修行でもある。あれこれ考えずに黙々とひとつのことに集中して片付ける、床をきれいに磨き上げる。必要なもの、必要でないものをただ仕分ける。捨てたり、整理して箱にしまったり、飾ってみたりする。そうすると不思議なことに頭の中が整理されてくる。今の自分にとって何が必要で何が不要なのかが見えてくる。掃除をしているうちに頭の中も整理されてくる。悩みが多い人は瞑想より掃除をした方が頭の中を整理しやすいんじゃないかと思う。

瞑想は毎日やらないと効果がないそう。毎日、朝夕20分必ず何があっても瞑想しろ、って瞑想の先生に言われた。毎日、朝夕20分って相当気合いれてやらないとできない。仕事があったり用事があればできない日もある。毎日なんてできない!って先生に文句を言ったら、朝夕たった20分の時間も作れないようなら、目標や願望の達成、問題の解決、ましてや解脱なんてもっとできないってバッサリ切られた。

でも、瞑想はできなくても掃除ならできそうじゃない?一気に掃除すると疲れちゃうから一日10分だけ必ず片付けをする、食器は使ったら必ず洗う、郵便物は受け取ったらすぐ開封していらないものはすぐ捨てる、トイレは毎日掃除する、なんて自分で決めてコツコツ必ずやる。それすらできないなら、一日一個なにかを捨てるでもいい。それが積み重なれば、時間がかかってもだんだんと部屋もきれいになっていく。そして、それが毎日できるようになると自然と瞑想もできるようになってくる。というか、お寺や神社みたいに部屋がきれいになると自然と瞑想したくなってくるか、瞑想に頼らなくてもよい生き方ができるようになる。

 

悩みが多い方、瞑想ができないかた、だまされたと思って掃除してみてら?

 

 ↓参考図書。掃除は「心を磨くこと」と書いてある。響いた。

 

お坊さんが教えるこころが整う掃除の本

お坊さんが教えるこころが整う掃除の本

 

 

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