アーユルヴェーダ塾ジュニャーナ塾長日記

アーユルヴェーダについて学ぶアーユルヴェーダ塾ジュニャーナを主催している「塾長」が古典書にもとづいたアーユルヴェーダのお話を日々綴っています。

インド映画とインド哲学 その1

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。
今回は、インド映画のお話。
インド映画といえばおっさんやお姉ちゃんが「歌う、踊る」のイメージが強い。
実は、歌ったり踊ったりしない映画もちゃんとある。
歌ったり、踊ったりする映画も悪くないが、そうではない映画も人情味あふれるおもしろい映画がある。
それから、インド映画にはアーユルヴェーダの土台になるインドの思想や哲学があちらこちらに散りばめられているものが多い。
インドの思想を知らないとおもしろくないかもしれないが、知っている人には非常におもしろく深く考えさせられる。
ちなみに、アーユルヴェーダでいえば、親子でオイルマッサージをしているシーンや街角でおっさんがオイルマッサージをしていたり、呼吸法をやっているシーンなどがチラリとでてきたりして、インドの日常生活のなかにアーユルヴェーダがあることがわかる。
オイルマッサージはかなり雑で笑えることが多いけど・・・

 

 

アーユルヴェーダは、インドの「ヴェーダ」という叡智から派生したものである。
この「ヴェーダ」は、アーユルヴェーダ(医学)以外にも宗教・文化・哲学(ヨーガも含む)・文学・美術・占星術...とインドのあらゆることのオオモトになっており、インドそのものであり、インドという国を作りだしている。

インドのあらゆるものが元を辿ると全てが「ヴェーダ」に辿り着く。
全てに共通した土台である。
究極なことを言えば「ヴェーダ」をわかっていないとアーユルヴェーダを真に理解したことにはならない。
逆に、「ヴェーダ」を理解するとアーユルヴェーダをはじめ、ありとあらゆることがわかってくる。
ヴェーダ」の最終ゴールは「解脱・悟り」であり、その他「ヴェーダ」から派生したもののゴールも全て「解脱・悟り」である。
「解脱・悟り」とは、超簡単に言うと「欲望に縛られていることから解放されて、輪廻(生と死を繰り返す)を断ち切ること」
宗教・医学・文化・哲学・美術・占星術も文字もなにもかも全て輪廻から解放されるために輪廻とはなにか、輪廻しないようにするためにどうしたらよいのか(心ありかた、行動、方法)・・等を教えてくれる。
そのことを理解してインド映画を観るとさらにおもしろく観ることができる。

 

では塾長が最近観たおススメインド映画を何本かご紹介(ネタバレあり)↓↓

「ラーマ王子伝説 ラーマーヤナ
インドの二大叙事詩といえば「マハーバーラタ」と、この「ラーマーヤナ
ヒンドゥー教聖典でもある。
神話なのでストーリーがちゃんとあるのだが、物語の中に解脱するためのことがつまっている。
ラーマーヤナに限らずインドの聖典は「こうすれば解脱できまっせ!」ってズバリは教えてはくれない。
物語の中で起きる「すったもんだ」から、解脱につながる教えを自分で読み解くことが学びであり、解脱への道なのだ。
ラーマーヤナに限らず、聖典は何度も何度も読み返しながら解脱とはなにか、解脱するにはどうしたら良いのかということを自分で探していかなければならない。

ラーマーヤナはインド以外でも有名なお話。
カンボジアやタイの舞踊やインドネシアの影絵芝居などにもなっているので、もしかしたら、バリやカンボジアに旅行したことがある方は知らず知らずに触れている人はいるかもしれない。
中国では「西遊記」、日本では「桃太郎」の原作がラーマーヤナではないか、とも言われている。
あらすじはネットで検索すると山ほど出てくるので興味があったらご自身で検索してね。
本で読むと長いので、知らない方はてっとり早く映画をみるのもおススメ。
上映されているのは神奈川県横浜市の「シネマノヴェチェント」という小さな映画館。
横浜でもかなりローカルな映画館。
ここでしかやっていないので、地方の方は申し訳ないのだが神奈川県近郊でアーユルヴェーダやヨガなどインドモノのお勉強をしている方は観ておいて損はないと思う。
話の内容はもちろん良いのだが、この映画の素晴らしいところは、全て手書きなところ。
外交問題や政治問題によって紆余曲折しながら1993年完成したが地下鉄サリン事件などの影響によって日本で公開されることがなかったが、近ごろやっと日本で公開された映画。
25年も前に書かれたとは思えないほど繊細で美しい。
手書きとデジタルの中間のようである。
昭和世代にとっては、ちょっとなつかしい感じもある。
絵の美しさも是非味わっていただきたい。
注意として、毎日上映しておらず観られる日がかなり限定されるので、必ずスケジュールを確認してから出向こう。
それからインドの神話のアルアルで登場人物がやたら多いので、登場人物の相関図がのっているので必ずパンフレットをもらおう(無料)


 

 

ガンジスに還る
こちらは現代のインドのお話。
ヒンドゥー教の聖地「バラナシ(カーシー/ヴァ―ラーナスィー/ベナレス)」が舞台。
死期を悟った父親(ダヤ)とその家族の物語。


ネタバレになるので詳しくは書かないが、死は自分で選択できるのか?と考えさせられる。
また、家族の死をこれからも経験する人も経験したことがある人もどちらの人も考えさせられる映画。
人の死を扱った映画なので暗いのかと思ったら、意外とクスっと笑える所も多々あり。
終わった後は、すっごい感動するか、すっごい号泣するほど悲しいか、というとそうでもないのだけど、なぜか泣けてくる不思議な映画。
こちらは、東京の神保町「岩波ホール」ですでに公開中。
地方も順次公開されるそうなのでチェックしてみて。
上映劇場や「あらすじ」は公式ホームページで↓↓


 

そして、この映画を観るにはやはりインドの思想や風習を理解していないとおもしろくないので、予習してから観たい方は以下を読んでみて。
ややネタバレが入るので、ネタバレが嫌な方は読まないでね。

まず、ガンジス河(インドではガンガー)というのは沐浴をすると全ての罪が洗い流され、遺灰を川に流すと輪廻から解放され解脱すると言われている聖なる河。
河とはいえヒンドゥー教徒にはガンジス河は女神ガンガー様(ヒンドゥー教の元になっているバラモン教は力のあるものはなんでも神様)
そして、舞台となる「バラナシ」はシヴァ神に護られているといわれている聖地。
インドでも聖地は多数あるが、バラナシはスーパー聖地の一つ。
バラナシで死ぬとそのまま解脱(輪廻からの解放)ができると信仰されている。
そのため、死期を悟ったダヤがバラナシやガンジス河にこだわるには理由がある。
実際に映画に登場する「解脱の家」のように死期を悟った方が滞在できる宿泊施設もいくつかバラナシにはあるそう。

バラナシへ旅立つ前に牝牛をダヤが寄進するシーンがある。
なにげないシーンだが、ヒンドゥー教では牛は神聖視されているが、特に牝牛は子供産み、お乳を出して生活を豊かにしてくれるので豊穣の象徴ともされ、糞や尿まで大切にされており特に神聖視されている。ちなみに、シヴァ神の乗り物も牝牛である。
牝牛を寄進することは神聖な行為である。

そして、牝牛を寄進した後に、ダヤの孫娘がダヤが終活であげた原チャリで外出する。
実は、女性が原チャリや自転車に乗って自由に外出できるようになったのは最近のこと。
そもそも、女性が外出したり学問をしたり仕事をするのをあまり良しとしない文化。
女性は結婚して家庭を守り、子孫繁栄することを良しとし、昔よりかはマシになったそうだが現代でもその考えは非常に根強い。
バラナシへ行きたい、って言うは、原チャリを孫娘あげちゃう父親にムカついている頭の古いダヤの息子、そんな親の気持ちを知らずにバリバリ原チャリで出かけるイマドキ女子の娘。
しまいには、ダヤと仲が良い娘は結婚しないと言い出し苦悩するダヤの息子の姿が映し出される。
しきたりを守りつつも孫娘に原チャリをあげちゃう先進的な考えなダヤ。
携帯電話を使ってバリバリ仕事をする息子。だけど、頭は古い。
そのギャップもおもしろい。

ギャップといえば、ダヤと孫娘が買い物に行った時にバンク入りラッシーを楽しそうに飲む。バンクとは大麻のことね。
「解脱の家」ではアルコールは禁止だが大麻はOKという矛盾。
その矛盾もインド的。

そして、塾長の心にヒットしたのが「解脱の家」でダヤが友達になるヴィムラの言葉。
「解脱の家」では最大15日までしか滞在できないのだが、ヴィムラは18年も滞在している。
そのヴィムラがダヤが死にそうになった時にダヤに嫉妬したと告白する。
「私にはまだ死ぬには努力が足らないようです」
「小手先の努力では死は訪れない、死は心から訪れる」
という言葉。
死、つまり輪廻からの解放。
ただ解脱には努力がいる。
その努力の方法の一つがアーユルヴェーダでもある。
そして、その他マハーバーラタなどの聖典に書かれていることでもある。

そして、その努力をするには「心」がもっとも重要だ。
解脱には言語的、精神的、肉体的が良き「行い」をしなければならない。
その「行い」を引き起こすのが「心」である。
そのため「心」の状態をよくしなければ解脱はできない。

アーユルヴェーダの実践も努力がいる。
アーユルヴェーダが教える「やるべきこと」を「忙しくてできてない」「めんどくさくてやっていない」と言って努力しない間は解脱はできないということになる。

 

そして、葬儀のシーンが何か所かある。
太鼓を鳴らし手拍子をして、歌いながら遺体を担いでガンジス河に向かう。
日本では考えられないが葬式がお祭り騒ぎだ。
なぜ、お祭り騒ぎかと言うと、死によって「輪廻から抜け出せば超ハッピーなことであり、もし、解脱できなくても古びた肉体を脱ぎ捨てて、新しい肉体を得て再び解脱できるチャンスがきた」ということ。
ヒンドゥー教徒は、死は超幸せなことか、ただの通過点でしかないのだ。
死を「良かったねー」って思っているからお祭り騒ぎで、死は不安になることでも悲しむことでない、ってこと。

 

これ以外にも深いい!セリフがたくさんあるので、インド哲学、思想に興味がある方、またインドの文化を知りたい方はおススメ!

 


あと数本おススメがあるので次回に続きます・・・