アーユルヴェーダ塾ジュニャーナ塾長日記

アーユルヴェーダについて学ぶアーユルヴェーダ塾ジュニャーナを主催している「塾長」が古典書にもとづいたアーユルヴェーダのお話を日々綴っています。

苦しみを乗り越えるヒント

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

 

生きていることが辛い時、苦しい時がある。

そんな時に少しでも思い出してもらえたらいいな、と思うことをツラツラと書いてみようと思う。

 

インドで生まれたアーユルヴェーダや仏教の考え方の根底にあるもの。

それは、

生きることは『苦しい』ということ。

生きていると避けられない苦しみがある。

避けられないものとは老い、病気、そして死。

人間は究極に言えば生まれた時から老化は始まっており完璧な健康体もない。

そして、

人間はいつかは必ず死ぬ。

ぐうたら生きようが、

全力で生きようが、

不満ばかりの人生を送ろうが、

楽しい人生を送ろうが、

つまらん人生を送ろうが、

パリピな人生を送ろうが、

貧乏だろうが、

金持ちだろうが、

遅かれ早かれ必ず死ぬ。

 

現代は医療や食事も環境も向上しアーユルヴェーダや仏教がうまれた時代に比べればずっと長く生きられるようになった。

当時は死は今よりもっと身近で大きな問題で病気や老いは死に直結していた。

今では死なないような病気で死んでしまったり30年、40年生きられればいい時代だった。

時代が時代ならば塾長なんてとっくに死んでいる。

ありがたや現代である。

 

しかし、

医療や食事や環境がどんなに進化しても死ぬ時は死ぬ。

避けられない。

老いや病気はある程度コントロールできるようにはなったがやはり避けられない。

 

避けられない、

とはどういうことかと言うと

自分の思うようにならない

と言うこと。

生きることは苦しい

とは生きることは自分の思うようにならないから苦しい、ということ。

 

老いや病気や死はとりあえずおいておいて、

私たちが日常で苦しい、辛いと思う時とは物事が自分の思うようなっていない時ではないだろうか。

自分の思っているとおりにならないから辛くて苦しい。

 

では、苦しみや辛さにどう対処したらよいのか。

 

まずは『物事は自分の思うようにならない』ってハナから思ってしまうといい。

『思うようにならない』を前提で生きていると、

思うようになると嬉しい。

思うようになっていることに感謝したり幸福を感じられる。

『思うようになる』を捨て、

『思うようにならない』が当たり前へ。

ただし、

勘違いしないでいただきたいのだか、

思うようにならないから人生を諦めることではない。

目の前の問題を無視することでもない。

思うようにならないことや目の前の問題に真摯に向き合い、

努力して時には歯を食いしばって乗り越えることで人間は成長できる。

困難なくして成長はない。

思うようになると幸福感、達成感を味わうことができ、

それが成功体験となり自信にもつながる。

努力もせずなんでも自分の思うようになっていたら、

成長や楽しみが何にもないつまらない人生だ。

成長や楽しみ、幸せを感じるために思うようにならないことや問題を解決するための努力や踏ん張りは必要だ。

 

ただし、残念ながらどんなに頑張ってもどうにもならないこともある。

どうにもならないことに執着したり自分の問題ではないことに囚われたりこだわらないことも必要だ。

諦めるのではなく、

負けることでもなく、

『受け入れる』ことだ。

 

なんでも自分が思うようにる、

なんでもコントロールできる、

それは思い上がり。

人間がコントロールできること、

思うようにできることはごくごくわずかだ。

自然災害は相変わらず起きるし、

病気もなくならない。

感染症は太古の昔からあるのに新型コロナウィルスもまだまだコントロールできていない。

 

それから、

他者もコントロールできない。

自分に自分の考え方、

生き方があるように、

他者にも他者の考え方、

生き方がある。

『こうすべき』

『あなたはこうあるべき』

『こうしたらもっと良くなるから』

『あなたのためを思って言ってるの』

と価値観を押し付けてられるほどウザいことはない。

でも、自分が他者に言われてウザいことを気がつかないうちに自分が言っていたり、

求めてしまい他者が自分の思うようにしてくれないから苦しみを感じてしまう。

他者は変えられないことを『受け入れる』

他者を『受け入れる』

 

考えが偏らないようにすることも大事だ。

人はどうしても自分の思うようにしたい、

と思うと考え方が偏ってしまう。

 

先日、俳優のMさんが亡くなった。

彼が何を求めていたかはわからない。

しかし、

なにか自分の思うようにならず思い詰めてしまったのだろう。

きっと彼も命は粗末にしてはいけない、

自死なんていけない、

仕事に穴をあけてはいけない、

と思っていたはずだ。

だけど、

何かが自分の思うようにならいないことで思い詰め、

考えが死に偏ってしまい、

それしか見えなくなってしまったのかもしれない。

自死が良いか悪かは答えがないのでここでは論じない)

難しい問題を自分だけで何とかしようとすると全体が見えなくなる。

自分だけで抱え込むと自分だけの考えに偏っていしまい問題の解決方法が見えなくなってしまう。

芸能人や友人のトラブルや悩みを見たり聞いたりしてる時は、

問題の当事者ではないので冷静、平等に物事がみれきちんとした判断ができる。

しかし、

自分のこととなると冷静、平等に判断できなくなり、

自分に不利にならないように解釈を変えてしまったり、

あやまったことを正しいと思ってしまったり、正しいことをあやまっていると思ってしまう。

 

思うようにならない時、苦しい時、辛い時は、

まず自分の考えが偏っていないかみつめ直して欲しい。

少し離れた場所から問題の全体像や自分をみてみよう。

 

特に思いつめやすい人、

そのことばかり考えてしまう人は、

思いどおりにならないことが起きる前から、

考え方が偏らないようにトレーニングしておこう。

 

誰かに相談したり、意見を聞いたり、その道のプロに頼ることも大切だ。

体の問題は医師に相談するように、

いろんな問題解決のためのプロが世の中にはいる。

自分にできないことはプロにお任せすることも問題解決の方法の一つだ。

 

人には考え方の癖がある。

思い込みや偏見は誰にでもある。

生まれ持った性格、育った環境、今いる環境によって考え方の癖は人によって違う。

考え方の癖、思い込み、偏見をなくすトレーニングのツールが瞑想やヨガである。

 

日本人は恵まれている。

人間の基本的な欲求、

衣食住が満たされたい、

平和で安全に暮らしたい

など、

私たちはあんまり考えないようなことだが、

日本人が日々当たり前に思っていることですら思うようにならない人達もいる。

自分に合わせてくれる友達や家族もいるはずだ。

思うようにならないことばかりを考えてしまうと思うようになっていることを忘れてしまう。

思うようになっていること数えると結構たくさんある。

 

私達の苦しみは己の無知によるもの。

苦しみから解放されるために正しい知識を追求しなければならない。