アーユルヴェーダ塾ジュニャーナ塾長日記

アーユルヴェーダについて学ぶアーユルヴェーダ塾ジュニャーナを主催している「塾長」が古典書にもとづいたアーユルヴェーダのお話を日々綴っています。

アーユルヴェーダを車にたとえてみた

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

 

アーユルヴェーダに興味があるような方々は、

日々、一生懸命に生きている人が多い。

一生懸命に生きることはとても大切なことだ。

 

しかし、頑張りすぎてしまい体を壊していたり心が疲れている方も多い。

「手抜き第一!」の塾長にしてみれば「もっと気楽に生きればいいやん」と思ってしまうのだが『それができないから困ってるんだよ』と言いたい方もいるとだろう。

 

実は、塾長もアーユルヴェーダに出会う前は一生懸命に生きていたというか生きるのに必死だった。

会社や家庭のこと諸々が必死。

余裕がない人生を送っていた。

車の運転で例えると、

24時間エンジン全開でぶっ飛ばしていた感じだ。

朝から晩まで「どうすればいいのか?どうやったらうまくいくのか?」といつも考え、

周りの景色を楽しむ余裕などなく、

休憩することもなく走り続けているような感じだった。

さらには自分の走りに追従できない人には「遅い!何やってんねん!」とイライラして煽り運転をするヤカラみたいになっていた。

 

しかし、日々、エンジン全開で走りまくればエンジンの消耗は早いし壊れやすくなる。

運転手もずっとアクセルを踏み続け、

猛スピード走っていたら緊張しているので疲れる。

そして、ある時からアクセルを踏んでもエンジンが回らなくなった。

アクセルを踏みたくても足が動かず踏めない日が続くようになった。

「これはいかん」と思い、どうしたものかと思った時に偶然アーユルヴェーダに出会った。

運よく塾長は、

自分は壊れ始めているぞ、

自分は疲れているぞ、

と早めに気がついたので大事にはいたらず大事故を起こすことがなかった。

しかし、あのまま無理矢理壊れかけた車で、

さらに疲れた心で走り続けていたら壁に激突して死んでいたかもしれない。

もしくは、他人を巻き込んでもの大惨事になっていたかもしれない。

 

車を自分の「肉体」

車という肉体を運転する運転手は自分の「心」

だとする。

 

アーユルヴェーダによって、

肉体の整備をし肉体を休ませた。

イライラして荒い運転にならないように心を落ち着かせる方法を知った。

さらには、自分の車という肉体の特性を知りそれにあわせた運転方法を身につけた。

アクセルを踏んでがんばる時もあれば、

アクセルを緩めてゆっくり周りの景色をみたりすることもあれば、

疲れる前に休憩をすることもできるようになった。

車の特性や自分の運転の仕方の癖も知ることで、

それにあわせた運転をし、

休むことを知り、

無理なく車という肉体を運転できるようになった。

よく整備された車とよい心で運転をするとストレスがないように、

肉体と心のストレスが減り生きることが楽になった。

 

アーユルヴェーダは、

まず自分の車という肉体の特性や個性を知ることにある。

車にはいろんな種類がある。

軽自動車があればトラックもあればスーパーカーもある。

壊れやすい車もあれば、

壊れにくい車もある。

馬力も違ければ、

一台一台その車の個性や癖が違う。

今の車は性能がよくなったのであまりないのだろうが、

昔の車はよくエンジンから火がでたり、

エンジンを温めてから運転しないと壊れるので少し温める暖機運転をして車の様子をみながら運転したものだ。

その車に合わせた運転の仕方があるように、

自分の肉体に合った身体の動かし方がある。

あまり馬力がない身体なのか、

重い荷物を運べるトラックのような丈夫な身体なのか、

エンジンが温まるのに時間がかかる身体なのか、

すぐに加速できるのか、

少ないガソリンで走れる低燃費な車なのか、

それとも昔の来るのようにガソリンばっかりかかる車なのか

・・・などなど

車の特性を知って運転するのと同じように、

自分の肉体の特性を知り、

様子を伺いながら生活することがアーユルヴェーダの実践である。

 

そして、その車という肉体を運転するのは自分の心だ。

運転手の心の状態や癖が運転にはでる。

イライラすると運転が荒くなったり、

疲れたり悩みがあると集中力にかける人もいるだろう。

他人の運転が気になる人もいれば、

まわりの流れをおかまいなしにマイペースな運転の人いる。

自分の運転に慢心している人もいるだろう。

心の状態によっても事故を起こすこともあるように、

壁にぶつかったり病気になることがある。

塾長はほとんど運転しないが運転するとどうも左に寄って行ってしまう癖がある。

そのせいか物の見方もひねくれていて偏っているので、

なるたけまっすぐに物事をみるようにしている。

自分の心の状態によって自分の運転が変化したり、

心の癖があることも知ることもアーユルヴェーダである。

 

また、車は定期的なメンテナンスが必要だ。

洗車をしたり、

車検にだしたり、

壊れたら修理工場に修理にだす。

きちんとメンテナンスすることで、

大切に乗ることで長く乗ることができるる。

異常を早くみつけて対処することもできる。

女優の伊藤かずえさんがシーマという日産車を30年乗り続けているそうだ。

もともと日本の車は丈夫だが、

丈夫な上にとても大切に乗られているので30年も長く乗ることができるのであろう。

 

車と同様、私達の肉体もきちんとメンテナンスする必要がある。

車検という定期健診も必要だし、

壊れたら早めに修理という治療をすることも大切だ。

洗車のように身体を清浄にすることも必要だ。エンジンをばらしてオーバーホールするように身体の浄化も必要だ。

ちなみにセラピストさんやヨガの先生は、

お客様の車のメンテナンスのお手伝いや運転している人が疲れていたらその疲れを癒してあげる役割だ。

しかし、車が壊れてしまった場合には素人では直せない。

修理工場に預け専門の知識、技術をもった整備士さんに直してもらうように、

人間は病院にいってお医者さんに治してもらう必要がある。

そうやって肉体を大切にすることで長生きができる。

 

しかし、大切に乗っていても車は経年劣化する。

ボディに傷がついたり錆がでたり、

エンジンのかかりが悪くなることもあるだろう。

人間の身体もどんなに大切にしていても老化という経年劣化をする。

シワやシミがでてきたり、

昔の古傷が痛むこともあるし、

なかなか身体が思うように動かなくなってくる。

古くなったエンジンをバンバン吹かしたら壊れてしまう。

古くなったエンジンに合わせた優しい車の運転が必要になるように、

老化した身体に合わせた身体の動かし方もあるし、

メンテナンスはもっとマメにやらなければならない。

 

また、心という運転手も老化する。

判断力がにぶくなったり、

頑固になったりする。

車がどんなによくても運転手次第で大事故が起こる場合もある。

運転手という心の老化予防やメンテナンスも必要だ。

以前、高齢者による池袋での大事故があった。

車は世界のTOYOTAの最高級車。

まだ判決がでていないのでなんとも言えないが、

車の問題というよりかは運転手に問題があったのでは?と誰しもが思っていると思う。

運転手の身体の老化もあるだろう。

自分は大丈夫という慢心もあっただろう。

反対する家族の意見を聞き入れない心の硬さもあっただろう。

例えどんな性能のよい車でも、

それを運転する人に問題があれば事故はおきる。

生まれつき丈夫な身体を持っていても心に問題があれば、

事故がおきて車が大破するように自分の肉体も大破することもある。

逆に生まれつき丈夫な身体でなくても、

運転する人の心がちゃんとしていて判断力や心の柔軟性がちゃんとあれば、

丈夫ではない車という身体に合わせた正しい運転で問題なく進むことができる。

 

車は何回も買い替えることはできるが、

私達の肉体は買い替えができない。

肉体が滅びるまで乗り続けなければならない。

車という自分の肉体と向き合う方法、

常に安全運転ができるように運転手の心を常に平常心を保つ方法をアーユルヴェーダを知るとできる。

そして、長寿を目指すことができる。

 

メンテナンスされた良い車で、

車の特性を知り、

正しい運転ルールを守り

安全運転をしながら道路を走り目的地に到達する。

よくメンテナンスされた身体で、

平常心も保って、

社会のルール(ダルマ)を守り

生きていくのが私達の人生でもある。

そして、老化を送らせながら、その身体の寿命がくるまで身体と心を大切にしながら解脱という目的地に辿り着くことがアーユルヴェーダの目的である。

 

 

運転には休憩も必要だ。

疲れたら車を止めて寝てもいい。

サービスエリアで美味しい物を食べてもいい。

外の空気を吸うのもいい。

走り続けるだけではなく、

車と運転手つまり肉体と心を休ませよう。

今、走り続けている方、走り続けて心が緊張し続けている方。

少し休憩して身体のメンテナンスをしたり、

心の緊張をほどいてみてほしい。

それが、遠回りのようでもあるが、

安全に早く目的地に着く近道でもある。

 

それから、自分の肉体という車は、

自分の心でしか運転できない。

自分の意志でしか動かすことはできない。

裏を返せば、他人の車は他人が動かすことはできない、ということだ。

他人の車にもその車の特性があるように、

他人にも他人の体質や特性がある。

軽自動車に乗っている人にスーパーカーなみのスピードを求めるのは無駄だし、

重い荷物を運べというのも無理がある。

そして、運転が得意な人もいれば、

下手な人もいる。

アクセルを踏んでバンバンスピードを出せる人もいれば、

怖くてアクセルを踏めない人もいる。

それにイライラしても仕方がない。

道路にはいろんな車が走っていて、

ベテラン運転手もいれば、

初心者マークもいれば、

高齢ドライバーもいる。

遊びにいくために楽しくドライブ中の人もいれば、

身体が疲れているのに運転している人、

悲しみにくれながら運転している人もいる。

いろんな車、いろんな思いで運転している運転手がいると思い、

相手の車や相手の運転の特性を知り、

譲り合いながら正しい安全運転することが事故を減らすように、

相手の特性や心の状態を知ることで人間関係を円滑にすることもできる。

 

自分の車という肉体を大切にしていますか?

穏やかな心で目的地にむかいっていますか?

 

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