アーユルヴェーダ塾ジュニャーナ塾長日記

アーユルヴェーダについて学ぶアーユルヴェーダ塾ジュニャーナを主催している「塾長」が古典書にもとづいたアーユルヴェーダのお話を日々綴っています。

幸せになる方法 その1:健康は幸せの土台

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

 

前回、前々回と「幸せ」について綴っているが「幸せ」になるためにはどうしたらよいのだろうか?

幸せになる方法はさまざまある。

どんな方法があるか何回かに分けて書いていこうと思う。

 

幸せの価値観は人それぞれ。

お金がたくさんあることが幸せ、と思う人もいる。

美味しい物を食べるのが幸せ、と思う人もいる。

好きな人と一緒にいることが幸せ、と思う人もいる。

子供がいることが幸せ、と思う人もいる。

一人で自由気ままに生きることが幸せ、と思う人もいる。

etc...

どれもこれも優劣はなく素敵な幸せだ。

 インド風に言うと、

これらは世俗的繁栄(アビウダヤ)と言われる。

世俗的繁栄を積極的に求める促進の道(プラヴリッティ・マールガ)である。

法や道徳、倫理を守りながら(ダルマ)、お金を稼いだり(アルタ)、恋愛を楽しんだり、自分のやりたいことを積極的に求めること(カーマ)によって、

解脱(モークシャ)という究極の幸せ(精神的幸福:ニヒシュレーヤサ))が得られるという考え方がある。

法やルールや道徳に反さなければ世俗的な幸せを求めてよいのだ。

 

アーユルヴェーダも幸せになる方法の一つだ。

アーユルヴェーダでは「健康=幸せな人生」と言っている。

なぜなら、健康であることはどんな幸せに対しても土台になるから。

「病気=不幸な人生」とアーユルヴェーダでは言う。

病気の人にとっては厳しい言い方であるがアーユルヴェーダには優しさもたくさんあるのだが厳しさもある。

誤解しないで欲しいのだが単に病気だと不幸というわけではない。

病気だとダルマ・アルタ・カーマが実践できないので病気は不幸だと考える。

病気でもダルマ・アルタ・カーマが実践できていれば不幸ではない。

 

法やルールを守るのは病気だから、健康だからとは関係ない。

病気だからと言って何をやってもいいわけではない。

お金を稼ぐことは病気でもできる。

医学も技術も発達している現代では病気でも仕事はできる。

塾長の亡き父は癌だったが午前中は抗がん剤の点滴治療をし午後は仕事に行っていた。

在宅ワークやテレワークが広がりにより出勤せずに仕事ができるようになった。

自分が病気になったことで不便さから便利になるように新たに商品を開発してお金を稼いでいる方もいる。

闘病記を発信してお金を稼ぐことだってできる世の中だ。

病気でも誰かに愛されたり、誰かを愛することはできるし、制限があったとしてもやりたいことをやることはできる。

病気でもダルマ・アルタ・カーマを実践していれば幸せであり、

健康でもダルマ・アルタ・カーマを実践していない人は不幸だ。

病気は体だけではなく心も含めて苦痛や苦しみがある状態とされる。

たとえ病気でも苦痛や苦しみがきちんとコントロールできていれば病気ではない。

肉体が病気でも心が健康であればそれも健康。

肉体は健康でも心に苦痛や苦しみがあればそれは病気。

心の苦痛や苦しみを取り除く必要がある。

(心の苦痛や苦しみを取り除く方法はまたの別の回でアップする予定)

 

ただ、やはり病気だと制限がどうしてもついてしまう。

お金を稼ぐにも病気だと思うように働けない。

美味しい物を食べるのも病気だと食べられない。

好きな人と一緒にいたくても病気で寝込んでいたら一緒にいれらない。

感染症にかかれば隔離生活だ。

好きな人にも会えないしハグもチューもできない。

子供を産むのも育てるのも健康でなければで大変だ。

一人で自由に生きて行くにも病気だと人の手を借りなければならない。

健康は自分が幸せに生きるための土台となる。

 

もし、自分が幸せではないな、と感じたり、

自分の幸せがなんだかわからない、と言う方は、

まずは、健康という幸せになるための土台を作るのはどうだろうか?

アーユルヴェーダの健康は体と心の両方が健康であること。

体と心をしっかりケアしていくことで自分にとっての幸せになるための土台作りをしてみよう。

健康という土台がしっかりしていればその上にいくらでも幸せを積み重ねることができる。

逆に、健康という土台がしっかりしていなければいくら幸せを積み重ねても崩れていってしまう。

 

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