アーユルヴェーダ塾ジュニャーナ塾長日記

アーユルヴェーダについて学ぶアーユルヴェーダ塾ジュニャーナを主催している「塾長」が古典書にもとづいたアーユルヴェーダのお話を日々綴っています。

幸せになる方法 その3:ひき算の美学

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

 

米国バージニア大学のチームがネイチャー誌に発表した論文におもしろいものがあった。

 

世界には労働や環境問題など様々な問題にあふれている。

環境問題も何十年と言われているがなかなか解決されない。

解決されない原因はなにか?

「人間はひき算の決断が苦手で、たし算にこだわるから」

だそうだ。

 

例えば、

料理のレシピの改善を求められると多くの人は多くの食材を鍋に入れがちで、

旅の旅程の見直しを求められると立ち寄る場所を増やす人が多いそうだ。

またこんな例もある。

目の前にベッドがある。

そのベッドは脚を3本はずしてある。

もちろんベッドは傾いていて寝心地が悪い。

このベッドを改善するためにはどうしたらよいか?という問いに対し、

3本の脚を取り付ける、という答えが多く、

残っている1本の脚を外して平らにする、という答えは少数なのだそうだ。

確かに3本の脚を取り付ける労力を考えたら脚を1本取ってしまう方がはるかに楽だ。

人間は「たし算」にこだわり問題解決に必要な「ひく」ことを見落としがちになるそう。

それには理由がある。

人間は物や食べ物がない、

という過去の恐怖がある。

そのため「たし算」をすることによって進化し生活を豊かにしてきた。

また、人間は計算問題では「ひき算」より「たし算」の方が得意というのもあるそうだ。

暗算する時に「たし算」より「ひき算」の方が労力を使う。

そのため、老化により脳が衰えたり、エネルギーが減ってくるとますます「ひき算」が苦手になるそうだ。

高齢者がゴミを捨てられなくなり、物をため込み、ごみ屋敷となってしまうことが多いのは「手に入れたたくさんの物を手放したくない」という心理状態と「物を捨てる」という「ひき算」が脳力的にも難しくなるからだそうだ。

 

なるほど、と思った。

講座などでお会いする方の中でも色々な健康法を試したり、色々なハーブを飲んだり、色々な先生のところに話を聞きに行ったりする方がいる。

また、自分がどうやって生きて行くかわからない方もあれこれいろんなものに手を出しがちになる。

色々やりすぎてわけがわからなくなったり、自分に合わないことも取り入れてしまい健康になるために始めたことが逆に不健康になってしまっている、ということもある。

多くの人の話を聞きすぎてふりまわされてしまい自分が何をしたいのか、もっとわからなくなってしまっている、ということもある。

塾長もアレコレ手を出して瞑想ならぬ迷走している日々があった。

もちろん、アレコレやって無駄なことはない。

やってみて自分に合わなかった、失敗した、ということがわかることも学びであり成長でもある。

「たし算」「ひき算」がどちらが正解、不正解というわけでない。

 

 しかし、抱えている問題や悩みの解決する手段のひとつとして「ひき算」することも解決の一助になるのは確かだ。

様々な健康法やハーブの飲用をやめ、

早寝早起き、

バランスの良い食事、

適度な運動、

ストレスを抱えない生活、

というシンプルで当たり前のことをやってみることで体が楽になることもある。

あれこれ始める「たし算」をするより、

今やるべきことだけをやる、

今できることだけをやる、

という「ひき算」の方が自分の生きる道となり、

道が開けることもある。

 

先日、皇室の方と結婚しようとしているK氏がやたら長い文書をだされた。

彼は己の言い分を「たし算」しまくった結果、逆に、国民の反感をかってしまった。

言いたいこともあるだろうが「ひき算」をしてもっとシンプルな文書にすれば風向きが変わったかもしれない。

 

手に入れたものを「手放したくない」という「執着」や「あれもこれも欲しい」という「欲望」が人間の正常な判断を狂わせる。

幸せの邪魔をする問題や悩みを解決するには「ひき算」をしてみるのも良いのかもしれない。

 

あなたは何を「ひき算」しますか?

 

余談だが...

日本はオリンピックという大きな「たし算」をしょうとしている。

正しい判断がお偉い人々の中でできているのだろうか?

ややこしい問題が起きないことを祈るばかりだ。

 

 

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