アーユルヴェーダ塾ジュニャーナ塾長日記

アーユルヴェーダについて学ぶアーユルヴェーダ塾ジュニャーナを主催している「塾長」が古典書にもとづいたアーユルヴェーダのお話を日々綴っています。

アーユルヴェーダの問題点 ①はじめに

こんにちは。アーユルヴェーダ塾ジュニャーナの塾長です。

 

アーユルヴェーダ推し」の塾長だが目線をちっと変えてアーユルヴェーダの問題点を何回かにかけてとりあげてみたい。

塾長はアーユルヴェーダは好きだが、どっぷりのめりこんではいない。

ヒトという生物としての健康的な生き方、

社会の中での人としての生き方、

心のあり方、

死生観などがアーユルヴェーダの好きな所だ。

それから、インドの思想や文化の歴史とともに歩んできたアーユルヴェーダについて調べることが好きだ。

しかし、自分や大切な人が病気になった時にアーユルヴェーダを使って治療するのか?と聞かれたら答えは「NO」

病気になったら普通に近くにある現代医学の病院に行くし、もし近くの病院で解決できない病気であれば専門病院や大学病院に行く。

病気の種類や後遺症によっては担当医に相談してアーユルヴェーダを取り入れるかもしれないが病気の治療の基本は現代医学。薬も病院で処方された薬をしっかり飲んで治療する。

しかし、アーユルヴェーダのような伝統医学や自然療法などが好きな方の中には現代医学に疑問や嫌悪感を感じているかもしれない。それはとっても危険。

「好き」とか「嫌い」という感情は適切な判断力を失わせる。「あばたもえくぼ」ということわざがある。「人を好きになると相手の短所も長所に見えてしまう」というたとえ。人に限らずアーユルヴェーダも含め様々なことに興味を持ち好きになることは良いこと。でも、あまり好きになりすぎると欠点や短所が見えなくなってしまう。偏らずに公平に物事を判断するには「好き」「嫌い」から離れて一歩引いて見なければ正しく判断できない。健康や命にかかわることについては特に「偏り」は禁物。

アーユルヴェーダは得意・不得意もある。以前にも書いたがアーユルヴェーダは急性の病気は得意ではないしアーユルヴェーダが完璧な医学であれば世界中の医師や医療機関がとりいれているはず。しかし、残念ながらアーユルヴェーダをとりいれている医師や医療機関は世界的にみたら数は少ない。

アーユルヴェーダは良い物なのに世界の医師が認めていないからだ、

アーユルヴェーダが認められると現代医学の医師が儲からなくなるからだ、

等と言いたくなる方もいるかもしれない。

それが、怖い考え方。受け入れられていないのには理由がある。理由は後述する。

さらに言うと現代医学を毛嫌いするのも良くない。「あばたもえくぼ」の対義語に「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」というのがあるが「憎んでいる人に対しては、その人に関するものごとすべてが憎く感じてしまう」というたとえ。

嫌だ、嫌いだ、と思うと全てが嫌いになってしまう。良い面があってもそこに目がいかなくなってしまう。しかし、現代医学や薬は専門機関で専門家が実験や研究をし結果を論文にまとめ、他の専門家達がそれを検証し、さらに公的機関で効果や安全性を確認をされて承認される。治験も行われ効果や安全性を確認するたくさんの過程を経て資格をもった医師や薬剤師によって私たちに施される。多くの人々によって長い時間とお金をかけて分析をして裏付けをして科学的根拠(エビデンス)に基づいた医療が現代医学だ。残念ながらアーユルヴェーダはこの科学的根拠(エビデンス)が圧倒的に不足している。もちろん、アーユルヴェーダの大学やインドのAYUSH省はアーユルヴェーダが世界で受け入れられる医療になるようエビデンスを出すための努力はしているがまだまだ世界に受け入れてもらえてはいない。その他にもいくつか問題点をアーユルヴェーダは抱えている。好きすぎてしまうとそう言った問題点に目がいかなくなってしまう。自分に不都合な所は見ずに自分の都合よく解釈してしまう。現代医学を嫌いになりすぎると科学的根拠のない医療に突っ走ってしまい財産を失うだけではなく健康や命に関わる重大な問題が起きる場合もある。

財産も大切だが、それよりも大事な健康や命。みなさんの健康や命を守る選択をする際に正しい選択ができるように、好きだからこそ一歩引いてアーユルヴェーダの抱えている問題をいくつかとりあげてみたいと思う。